Fallen leaf

SEASON

Fallen leaf


 綿密な計画によって作られた街並み。どこまでも真っ直ぐに伸びる大きな道路。最近はずっと車で通っているこの道を、今日は自分の足で歩いてみた。
 道路の両側、歩道には背の高い街路樹が一定間隔で植えられている。
 道路を通るたくさんの車が空気を乱し、街路樹の葉と私の髪やスカートを揺らしていく。その度に黄金色に色づいた手のひらくらいの大きな葉が、高い秋の青空を背景に舞い降りてくる。
 その様子は、本当に『舞い降りる』 という言葉がぴったりだと思う。茎を下にしてクルクルと回りながら、時折風に乗ってふわりと優雅に跳躍する。まるで、バレリーナみたいだ。
 そんな考えが頭をよぎり、私は思わず苦笑した。
 どこまでも合理的、現実主義で冷たい女。そう言われている私が、落ち葉一つで感傷的になるなんて誰も思わないだろう。
 ただ一人――彼を除いては。

 彼と初めて会話を交わしたのは、こんな季節だった。
「これ、ユリノキっていうんですよ」
 落ちた葉を拾い、はにかんだような表情でそう説明してくれた彼に、私は心を奪われた。

 植物が好きで、大学で植物の研究をしていた彼は、よく草木の話をしてくれた。特に、街のシンボルにもなっているユリノキに関しては、色々な話をしてくれた。
 アメリカ原産だとか、ユリノキの街路樹は東京や大阪も有名だとか、五月になると少し黄緑がかった白いチューリップのような花をつけるとか、英名はチューリップ・ツリーだけど、日本に入ってきた頃はチューリップがあまり知られていなかったから『ユリノキ』 と命名されたんだ、とか。
 あまり小難しい話はせず、私を楽しませようと一生懸命話していてくれた。少し世間離れしたところはあったけれど、それも気にならないくらい、彼は優しかった。
「ホントに植物が好きなのね」
 私の言葉に、彼はやはりはにかみながら嬉しそうに頷いた。
「心がね、安らぐんだ」
「癒される?」
「そうだね……言葉にして説明するのはすごく難しいけど……植物に触れていると、自分の居場所に戻ったような気分になる」
「居場所?」
「地球っていう大きな単位の中での、自分の居場所……って言えばいいのかな」
 彼に出会う前までの私なら、その言葉を鼻で笑っていただろう。
 でも、そう言った時の彼の表情は、そんなことが出来ないくらい、それこそ『言葉にして説明するのはすごく難しい』 ものだった。
 例えて言うなら、淡く優しい色をした秋の空。澄み切っていて、とても高くて、手を伸ばしても届かない。そんな表情だった。
 その時、私は思い知った。
 この人の隣には、一生並べない。純粋で、決して屈折しない強さを持っていて、ひたむきに夢を追い続けてそれを着々と実現させている彼に、私はふさわしくない。
 だから、私は彼の『友人』 というポジションにいられるだけで満足していた。それだけで充分。そう思っていた。彼と会って丁度五年経つ昨日まで。

 昨日、彼はフランスに発った。
 研究成果が認められ、その分野ではかなり有名な研究組織に特別研究員として呼ばれたのだ。彼ほどの若さでその研究組織に呼ばれるのは、異例のことらしい。
 日本に戻ってくるのは、早くても五年後。

「今すぐじゃなくてもいい……君さえよければ、一緒に来てくれないか?」

 そんな彼の言葉に、私はまた、逃げてしまった。
 嫌いじゃない。だけど、現実的に考えてそれはできない。
 そんな曖昧な言い訳を理由にして。

 現実主義? 違う。自分すら騙そうとする嘘つきで、プライドばかり高くて、そのくせ夢や自分のために何かと戦うということが出来ない臆病者。「現実なんてこんなものだ」 と悟ったような事を言って、全てから逃げている卑怯者。
 あの時と同じ。彼の隣には並べない。彼に、私はふさわしくない。そう勝手に思い知って、私はまた一つ諦めた。彼の隣に寄り添う為に、困難に立ち向かう事を。


「もう、遅いかしら……」
 自分のした事に、自分の臆病さに言い訳をしなかったのは、これが初めてかもしれない。
 足元に落ちた葉を一枚拾い上げると、丁度来た駅行きのバスに乗り込む。幸い空いていたので一人がけの座席に座り、旅行カバンを足元に置いた。
 バッグから少し大きめのスケジュール帳を取り出すと、昨日書き込んだページを開いてみた。そこには、彼のご両親から聞いた、彼のフランスの連絡先。
「逃げてばかりじゃいけないわよね……」
 例え遅かったとしても、このまま何もしないでいるよりはずっといい。今は、そう信じよう。
 私は拾った葉をそのページにはさみ、パスポートと一緒に、バッグのポケットにしまった。


  

  



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