Patch of blue sky

SEASON

Patch of blue sky

 私は、空を眺めるのがすごく好きだ。
 星空もいいし、いつもより夜が明るくなる満月の空もいいけど、やっぱり一番見ていて楽しいのは昼の空。晴れた空、それも、雲ひとつない快晴より雲の浮かんでいる空がすごくいい。特に、入道雲が。
 だから、私は夏が結構好き。

 でも……今日は朝からどんよりと曇った空。
 まるで私の心を表しているかのようだわぁ……。
 なんて、バカな事を考えながら、キーボードに指を乗せたままオフィスの大きな窓から空を見上げる。

 今日、仕事でやっちゃなんない失敗をしでかした。ものすごく単純なミス。
 そのせいで営業課の人から朝一で怒鳴られた。
 しかも、しかも……その時ちょうど、密かに好きな同期の子が私に用事とかで来てて、営業さんは彼を見るなり、
「こんなとこで何フラフラしてんだ!」
 とか彼にまで怒鳴るし。彼は営業課。怒鳴り込んできた営業さんは彼の先輩だった。
 彼は「書類を届けに来ただけ」 と悪びれもせず言って、さっさと自分の課に帰ってしまった。
 その後、その営業さんから事情を聞いた私は、血の気が引いた。完全に私のミスだから、そりゃもう必死で謝った。それでも営業さんは怒りが収まらなかったらしくて、私の直属の上司である課長にも散々文句言って帰っていった。
 うちの課長は結構穏やかな物腰の人だ。「次は気をつけてね」 というたった一言の注意で終わったけど、内心苦々しく思っているに違いない。
 当然、とばっちりをくらった彼も……
 ため息をつきながらパソコンに目を戻す。作業をしていたワープロソフトのウィンドウの最小化ボタンを押すと、ウィンドウはタスクバーに吸い込まれるようにして消え、デスクトップ画面が表れた。
 パソコンの壁紙は、私が趣味で撮った空の写真。夏特有の色濃い空色に、白い入道雲。私のお気に入りの写真だ。
 青い空って、見ていると元気になれるから、時々こうやって写真を眺めるのだけれど……今日は効果がないみたい。どうやっても、落ち込んでいく自分を止められなかった。
 自分が悪いんだから、怒られてもしょうがない。だからこそ自分が情けなくて泣きたくなる。それに加えて、みんなの前であんなに怒鳴られたのが結構ショックだった。
 もう一度外に目を向けると、どんよりとした空から細かい雨粒が静かに降り注いできた。そんな空模様を見ていると、ますます落ち込んでいくようで、私は目を背けた。
 と、パソコンのタスクバーに新着メール受信のマークが表示されていることに気付いた。
 メールを開き、受信トレイを確認すると、送信者はさっきまでここにいた同期の名前。タイトルは『提出書類の件』 だった。
 メールを開くと、お決まりの『○○様』 から始まり、続いて『お疲れ様です』 の一言。そして一行空いて本題が表示されていた。

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先ほどの書類についてですが、今月中に処理していただくよう手配願います。

……ってなわけで、さっきは災難だったね。
まぁ、あのおっさんのヒステリックは今に始まったことじゃないから、あんまり気にすんなー。

そうそう。
さっき渡した書類の封筒に、いいもん入れといたけど気付いた?
そういうの好きそうだからあげるよ。
それで元気だせよー(^^)

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 送信時間を見ると、彼が自分のデスクに帰った直後くらいの時間だった。あの後、すぐに送ってくれたのだろうに、気付きもしなかった。
 私は右手でマウスを操作しメールを閉じながら、左手で書類を入れるトレイからさっき渡された封筒を取った。そういえば、書類は一枚だけなのに……しかもわざわざ届けに来てくれてるのに、何で封筒なのか不思議に思ってたんだよね。
 『社内便』 と書かれた封筒の中を覗くと、書類が一枚と、ポストカード大のものが入っていた。
 逆さにした封筒から滑り落ちてきたそれを手にした私は、多分少し驚いた顔をしていたと思う。

 Patch of blue sky

 隅の方に小さな文字でそう書かれているそのカードは、空の写真だった。 
 今日みたいにどんよりとした雲の切れ間に、真っ白な入道雲の一部と、夏の青空が覗いている。
 『Patch』 って布切れとか切れ端とか、そんな意味だったような……と、そこまで考えて、『Patch of blue sky』 というのが青空の切れ端――つまり『晴れ間』 という意味なんだと分かった。

 私が空の写真好きなの、分かってくれてたんだ……。
 
 ぎゅーっと胸を締めつけられるような、泣きたくなるような、ジタバタと暴れて『きゃー♪』 とか叫びたくなるような、表現のしようがない気分。
 口元が自然とにんまりしてしまう。
「青木さん、仕事頼みたいんだけどいいかな?」
「はーい」
 機嫌のいい私の返事に、課長はちょっとだけ目を見張り、それから穏やかな笑みを浮かべて見せた。
 彼からもらった初めての贈り物であり、どんよりとした私の心に晴れ間をもたらしてくれたそのカードをパソコンのモニターの横にあるメモクリップにはさむと、私は晴々とした気持ちで課長の元へと向かった。



  

  
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