Sustainable happiness - Busybody

持続可能な幸せ

Scene2 Busybody


 高校時代の友人、美香が結婚する。それを聞いた時、私は驚くと同時に嬉しかった。
 いつも眉間にしわを寄せて、いつも何かに怒っている。でも、本当は繊細で傷つきやすくて、それを必死に隠している。美香はそんな子だった。
 この子はなんて損な性格してるんだろう。いつもそう思って、正直とても心配していた。
 でも、今は違う。
 父親とバージンロードを歩く姿を見て、今とっても幸せなんだろうなと思う。だって、あんなに穏やかで幸せそうな顔ができるんだもの。
 それが自分のことのように嬉しくて、私は思わず涙をこぼしてしまった。
「相変わらずだな」
 そんな私の感激に水を差すかのように、隣から聞こえる低い呟き。涙を拭く手を止めて斜め左を見上げると、そこには端整な、それでいて意地悪そうな顔をした男が一人。
 誰、こいつ……
 怪訝な顔をする私に、男は軽く目を見張り、それからため息をついた。
「もうろくしてんのか? おせっかいおばさん」

『おせっかいおばさん』

 それは、私が中学生の時にある同級生につけられたあだ名だった。
 もしかして……
「……茂木?」
 茂木拓也。中学で三年間同じクラスだった男。
「おお。一応覚えていられるだけの頭はあるんだ」
 にやり、と笑ったその顔に、私ははっきりと思い出した。
 そうだ。この悪人面と口の悪さは間違いない。茂木だわ。中一で二人してクラス委員に選ばれて以来、三年間何故かクラスがずっと一緒で、しかもずっとクラス委員やらされてて、こいつの口の悪さに悩まされ続けたんだもの。忘れるわけないじゃない!
 しかも、十年以上会ってないってのに、この不遜な言動。普通、『お久しぶり』 の一言くらいあるんじゃないの? ホント、中学の時のまんまだわ、こいつ。
「……何であんたがここにいるのよ」
「招待されたからに決まってんじゃん」
「……美香に?」
「んな訳ないだろ。新郎の高校時代の友人」
 へえ、偶然ね……
 そう納得しかけて、私はハタと気がつく。
 チャペルでは、参列者は新郎側と新婦側に別れて着席することになっている。当然、私は新婦側にいるわけで、新郎側の参列者であるこいつがこっちにいるのはおかしいわけ。
「……新郎の関係者は右側って言われなかった?」
「そうだっけ?」
「あんた、相変わらず人の言うこと聞かない奴ね」
「いいじゃん、別に。祝福してることに変わりはないし」
 そういう問題じゃない。そう言いかけて、やめた。
 こいつに『おせっかいおばさん』 呼ばわりされるのも、前の彼氏に気が休まらないと言われ別れを告げられたのも、この細かくて口うるさいおせっかいな性格が原因。
 せっかくのおめでたい日に、ウダウダ文句言いたくないわ。
 厳かな雰囲気の中、私は小さく咳払いをすると式に集中した。斜め上からの視線を感じたけど、そんなの無視よ、無視。
 視線を前に向けると、今日の主役たちはちょうど指輪の交換をするところだった。
 本当だったら、私もこれを経験するはずだった。
 一年前、わずかな期間だけはめられていたエンゲージリング。今は何もない左の薬指を、私はそっとなぞった。
 
 前の彼氏との結婚が決まってから、私は本当に幸せだった。
 みんなに祝福されて、「おめでとう」 って言ってもらえて……
 あの日が、幸せの絶頂だった。そう、思い込んでいた。
 
 でも、結局は違っていた。
 幸せが最初からなかったわけじゃない。
 だけど、いつからか私の考える『幸せ』 と、彼の考える『幸せ』 に食い違いが生じていた。自分が幸せだと思っていたのに、彼はそうじゃなかった。
 別に、どっちが悪いというわけではないと思う。しいて言うなら性格の不一致。相性の問題なんだろう。
 きっと、あのまま一緒になっても長続きはしなかった。だから、結婚前に別れてよかったんだと思った。
 ……だけど、二人の間にあんなにも大きなズレがあったなんて、彼に別れを告げられるまで全然気づかなかった。それが、私にとってはとてもショックなことだった。

 誓いのキスをする新郎新婦。嬉し泣きする美香と、それをこの上なく優しいまなざしで見つめる彼氏。
 この二人なら、同じ幸せを共有していけるんだろうな。
 そう考えると、ちょっとうらやましかった。
 ごめんね、美香。
 私はちょっとだけ嫉妬していた。それくらい、今の美香が幸せそうだから。祝福したいと思う気持ちは嘘じゃない。ただ、まだ癒えていない傷が少しうずくだけ。そのうずきが嫉妬させているだけ。

「また泣いてるよ、この人は」
 性悪男、茂木の一言が私に突き刺さる。
「うるさい」
「娘を送り出す母親状態だな」
「うるさいっつってんのよ」
 そうよ。大体、思春期の大事な時期に、こんな男がそばにいたから悪いのよ。こいつのせいで、私は人の世話ばっかり焼く口うるさい『おせっかいおばさん』 になったんだわ。
 八つ当たりともいえる論法でそう結論付けた私は、茂木を思い切り睨み上げた……のだけれど。
「ホント、変わってないな」
 昔から意地の悪い『にやり』 って感じの笑みしか浮かべたことのない茂木が、優しい眼差しで、少しはにかんだような笑みを浮かべそう言った。
 な、なんか……すごくかっこいいっていうか、かわいいっていうか……
 不意打ちを食らい惚けてしまった私に、茂木が目配せする。
「主役のご退場だ」
 その言葉に、私は慌てて主役に向き直った。今度は新郎と共に美香がウェディングロードを歩き出す。聖歌隊のコーラスと参列者の拍手で送られる二人に、私も慌てて拍手をする。
 美香が私の存在に気づき、目立たない程度に私に微笑んで見せた。その笑顔に、私は手を振って答える。
 さっきまでの傷のうずきも、軽い嫉妬ももうどこにもない。
 美香が幸せになってよかったと、今は心から思える。そのことに私はほっとして、美香に分かるよう、満面の笑みを浮かべてみせた。

 その後、チャペルの外でフラワーシャワーが行われ、次はいよいよ独身女性たちが待ち望んでいる(と思う)ブーケトス。
 私も独身女性陣の中に入ったけれど、他の女の子たちの熱気に押され、あっという間に端っこに追いやられてしまった。
 そうよね。幸せ分けてほしいもんね。
 私は思わず苦笑しながらも、他の子の邪魔にならないよう少しだけ女の子たちから離れた。
 美香は女の子たちに背を向け、思い切りよくブーケを投げ上げる。ブーケは暖かい日差しの中、弧を描いて幸運な女の子の手の中へ……

 届かなかった。

 多少コントロールが悪かったとはいえ、そのブーケは女の子たちが取れる位置に投げられた。なのに。
「茂木〜! 何でお前が取ってんだよ〜」
 どっと笑いが起こる。そう、取っちゃったのよ。あのバカ茂木が!
 女の子たちの非難がましい視線もなんのその。茂木はブーケを手にしたまま悠々と女の子たちの前を横切る。
 ホントに……意地が悪いっていうか、反抗的っていうか……中学の時と何も変わってないわね。この男は。
 呆れて怒る気も失せていた私の前で、茂木がピタリと足を止める。
「ほら」
 差し出されたブーケ。あまりにも突飛な出来事に、私はしばらく固まった。
「やるよ」
 ブーケを凝視していた私は、その言葉にゆっくりと茂木を見上げる。そこにはいつも見ていた意地悪な笑み。だけど、その顔が少しだけ紅潮しているような気がする。
 尚も呆然とする私だったけれど、周囲からからかうような野次が飛んできて一気に我に返った。
「い、いいわよ! 取ったのあんたでしょ」
「男の俺がもらってどうすんの」
「だって、他にもほしい子が……」
 すると、茂木は大仰にため息をつき、ブーケを私に押し付けた。
「人の世話ばっかり焼いてないで、たまには自分も世話焼かれてみれば?」
 その言葉をブーケと一緒に受け取った私は、先ほどから緩みっぱなしの涙腺が更に緩みそうになり、慌てて口を開いた。
「「余計なお世話」」
 私と茂木の言葉が重なる。
 口をパクパクとさせてしまった私をよそに、茂木は例の笑みを浮かべる。
「でも、結構嬉しいもんだろ? 世話焼かれるのって」
 嬉しい? ……確かに、嬉しいかもしれない。けど。
 私の手にブーケが渡ったことで、周りから拍手が起こった。何だか恥ずかしくて、私は肩をすくめてうつむいた。自分が注目されるのって、どうしても苦手だった。
 幸い、すぐに主役の二人がチャペル入り口にある綱を引いてチャペルの鐘鳴らし始め、みんなの視線は自然とそちらに向いてくれた。茂木も私の横に並び、鐘を見上げる。その横顔は、中学の時よりもずっと大人っぽく精悍になっている。
「ねえ」
 茂木は鐘を見上げたまま。
「なに?」
「茂木はさ、おせっかい嫌いなんじゃなかったの?」
 私の言葉に茂木はちらりと私を見、
「思春期の大事な時期に、どっかの誰かさんに散々世話焼かれたせいだな」
 そう言うと、あらぬ方へと視線をさまよわせた。
「世話焼かれないと、何だか居心地が悪い」
 茂木の表情は、私からは見えない。だけど……
「耳、真っ赤だよ」
 私はおかしくて、笑いが止まらなかった。
「……やっぱりおせっかいは自分で焼くもんじゃねーよな」
「無理するからよ」
 バツの悪そうな茂木に、私はにやり、と意地の悪い笑みを浮かべてやった。
「おせっかいは私の専売特許だもん」
 そう。おせっかいは私の性格そのもの。自分で自分を否定することなんかないんだわ。
 私の腕の中には、茂木がおせっかいを焼いて取ってくれたブーケがある。
 鐘の音を聞きながら、私は今までにない晴れやかな気持ちで空を見上げた。

 次のお嫁さんになれるかどうかは分からないけど、『私らしさ』 を取り戻せた私は、やっぱり幸せだわ。


  

  



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