化粧をするために鏡を見た私は、自分の顔を見て小さくため息をついた。
眉間のシワが消えない。
二十八年間眉間に寄せられ続けた皮膚は、しっかりと筋になって残っていた。
いつも眉間にしわを寄せてしまうのは、私の悪い癖だ。
両手の人差し指で眉頭を引っ張り、しわを引き伸ばしてみた。それでも、つり目の私の顔は険しいまま。
まるで、怒ってばかりだった自分の歴史が、しっかりと刻まれているかのようだった。
「何怒ってるの?」
そう聞かれる度、私は「怒ってないよ」 と言って怒っていた。
怒っていないのに怒っていると言われる事に対して、怒りを募らせていた。
自分の顔が嫌いだった。
いつもムスっとしているとか、目つきが怖いとか、ケンカ売ってるとか。
親にも同級生にも初恋の人にも言われた。
そうしたら、まるで呪いにかかったかのように怒った顔しかできなくなっていた。
可愛げのないと言われて、親に甘えられなくなった。
近寄りがたいと言われて、人と接するのが億劫になった。
笑うと余計怖いと言われて、恋をするのが嫌になった。
それからというもの。
「怒ってるの?」
そう聞かれる度、私は「怒ってるよ」 と言って笑っていた。
笑っていても怖いって言われたけど。
怒った顔は、いつしか私の仮面になっていた。
怒っていても「地顔」 と偽って怒りを隠すことの出来る便利な仮面。
この顔を変えられたら、どれだけいいだろうと思った。
好きになれない自分の顔。
捨ててしまえたらどれだけいいだろう。
別人になれたらどれだけいいだろう。
ずっと、そんなことばかり考えていた。
「もう出かける時間……何やってんの? にらめっこ?」
眉間を伸ばした間抜けな顔を、彼が笑いながら覗き込む。
「シワが寄ってるなぁって……」
眉間を擦る私に、彼は私の手をよけて眉間を凝視する。
「シワ? スチームかけて伸ばす?」
言うなり、はあ〜っと息をかける。
「いーやー! 生温いー!」
本気で抵抗してるのに、鏡の中の私は笑っている。
「ほら。シワ伸びた」
不思議と、眉間辺りの筋肉が緩んだような気がした。
まるで、小さな子供にするみたいに、彼は私の頭を優しくなでる。
「かわいいかわいい」
呪文のように繰り返す。
私の仮面をはがす、呪いを解く呪文みたいだ。
そんなことを考えている自分が可笑しくて、また笑ってしまった。
彼は、私がこんなこと考えてるとは思ってないだろう。
それでも、彼は私を笑わせ続けてくれる。
呪いに捕らわれそうになる度に、それを解く呪文をかけてくれる。
何年も後になって鏡を見た時に、この歴史が顔に刻まれていればいいな。
そう、難しくはない夢を、私は心の中で願った。
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