恐らくカップル率八割以上であろう、クリスマスイブのフレンチレストラン。説明するのもバカらしくなるくらい恒例となった、クリスマスの風景だろう。
そして、その八割に例外なく俺と彼女も含まれていた。
「おいしそぉ……」
真っ白な生クリームとイチゴで綺麗に飾り付けられたケーキを目の前にし、彼女はうっとりとしたような声を上げる。一方、俺の前にはチョコレートケーキが置かれる。どちらもクリスマスの特別メニューだけあって、凝った飾り付けがされている。
「すごーい綺麗」
目を輝かせてフォークを取る彼女の表情は、まるで子供だ。
「ここのお店、前から一度来てみたかったんだ。お料理もおいしいけど、ケーキが絶品だって聞いてたから」
「そっか。予約取れてよかったよ」
彼女と付き合い出したのは二週間前。クリスマスディナーの予約はぎりぎりだった。今年はイブが平日だとは言え、やはりこういう洒落た、それでいてリーズナブルなレストランはすぐ予約でいっぱいになる。席はあまりいい場所とはいえなかったが、彼女は特に気にする様子もない。
「うん。ありがとう」
屈託のない彼女の笑顔が俺に向けられたのは一瞬だけ。その瞳はすぐにケーキへと注がれ、俺を苦笑させる。
「ではでは……いただきます」
そういうと、出来るだけ形を崩さないように配慮してか、フォークをそっと刺し、丁寧に一口分をすくう。それをちょっと眺めた後、勿体つけるようにゆっくりと口に運んだ。
パク、という効果音が似合いそうな仕草でケーキを口に入れると、実に幸せそうな表情を浮かべ、それを味わう。
「おいしい!」
俺も、いつから趣味が変わったんだかな、と思う。
今まで女に不自由することもなく過ごして来た。どちらかというと、大人の女と言うにふさわしい『外見』 の女が多かった。ただ、その誰もがどちらかというと打算的で、付き合う理由も俺が大手企業に勤めてるとか、会社で一番の出世頭だからとか、そんな俺の『付加価値』 を理由に寄って来る女が大半だった。
だから俺もそれなりに対応してきた。女に一番求めていたのは外見とか見栄え。連れて歩いてとりあえず絵になる女を、豪華なディナーにブランド物やら高価な装飾品やら、とにかく物と俺の付加価値で釣ってるような状態。
そして、女もそんな俺のご機嫌を伺うように媚を売ってきた。
最初はまだしおらしい態度だからいい。でもそれは段々当たり前のようになり、女はすぐそれ以上の事を求めてくる。それがうざったくて、カップルにとって一番のイベントと言われるようなクリスマスには一人で過ごしていた。例え女と別れることになってもだ。
でも、こいつだけは違う。
「ん〜……幸せ」
ケーキ一つでこの喜び様。付き合ってまだ間もないからと、一応気を使って色々考えていた俺に対し、彼女からの要求はディナーのみ。遠慮とかそんなものではなく、本気で言っているのが俺にとっては意外だった。
だからこそ、他の女とは絶対に一緒に過ごさなかったクリスマスをこうして一緒に過ごす気になったし、自分から彼女に『贈りたい』 と思うプレゼントも買ってきたわけだ。
もしかして、プレゼントよりケーキの方が喜びが大きいかもしれないと思えてきたけど。
「お気に召した?」
「うん! 大満足です」
金銭的にすごく安上がりで、精神的にすごくシンプルな奴。
「ホント、お手軽だなぁ、お前」
「そっかなぁ」
「ケーキ一つで幸せになれんだから」
そんな俺の呟きに、彼女は一瞬きょとんとし、それからじっと上目遣いに俺を見つめた。
「分かってないなぁ」
「何が」
「ケーキがおいしいから幸せなんじゃないの。幸せだからおいしく感じるんだよ」
「はぁ」
一歩間違えばかなりクサイ台詞なのに、彼女が言うと嫌味を感じないから不思議だ。
「それに、今年のクリスマスは私にとって結構ぜいたくなプレゼントだと思うんだけど」
一緒に過ごせるって事が。
さすがに照れくさかったのか、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟くと、彼女は少し俯き加減で再びケーキをつつきだした。
「なんだかなぁ」
やばいぞ。
こういう反応は苦手だったはずなのに、『かわいい』 などと考えてる時点で、既にやられてる。これじゃ、俺が今まで鼻で笑っていたバカップルの典型じゃないか。
そう思いながらも、シンプルな彼女がいつまでこんな幸せそうな顔をしてケーキを食べてくれるか、見届けてみたい気持ちになっている。
思わず笑みの形をとってしまいそうな口元に力を入れ、俺は彼女と同じようにケーキをつつき出した。
俺も、焼きが回ったか。
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