Round and Round - Chapter 2 - 05

Chapter 2-05


 この惑星、エリュシオン最大の大陸は、そのほとんどが不毛な砂漠地帯である。特にアルムは砂漠の中にある大きなオアシスを起点として発展した街である為、四方を砂漠に囲まれている。
 砂漠、と一言で言っても、岩が点在する岩砂漠や赤土に被われた土砂漠、そして細かい砂が風紋を描く砂砂漠と、その様相は様々だ。
 その中でも砂漠を渡る者にとって一番やっかいなのは、砂砂漠だろう。
 現在ミリアムとアークの二人を乗せたバギーは、そのやっかいな砂砂漠の真っ只中にいた。
 人や車の往来が多い街への道は、踏み固められ比較的通りやすい道になっているが、それも砂漠の中ではほんの一部に過ぎない。
 二人が目指しているのは、ほとんどの者が見向きもしなくなった古い遺跡があるだけの、砂漠のど真ん中である。当然、バギーは柔らかい砂に被われた道無き道を走らねばならなかった。サラサラと流れるような砂の上は、他のそれよりずっと走りづらい。
──でも、ま、今のところ順調ってとこかな。
 砂地と横殴りの風にハンドルを取られぬようしっかり握りながら、ミリアムは左手首の時計にチラリと目を走らせた。
「もう少ししたらこの砂丘も越えられると思うから、そこで休憩しよ」
「了解」
 助手席のアークがマスク越しに言って頷いた。そして、前方に目を向けたままのミリアムを見やる。
 いくら悪路も走れるバギーでも、この砂漠を渡るのは容易な事ではない。だが、ミリアムは簡単、とまではいかないものの、慣れた様子でバギーを走らせていた。
 ミリアムはアークと出会うまで、ずっと一人でこうして砂漠を渡り歩いていたと言う。
『まぁ、大変な事も多いけど、乗り越えた時の達成感はその分大きいからね。それも楽しみの一つと思えば何て事ないよ』
 あっけらかんと語った時、ミリアムの表情には、女だからと侮られ仲間を持てなかった事への憤りも、たった一人で危険を冒す事への恐れも見られなかった。
 ここまで負の感情を持たない──否、負の感情をすんなり受け流してしまう人間に、アークは会ったことがなかった。
──つくづくおめでたい奴だ。
 またしても沸き上がる、説明のつかない胸部の違和感を無理やり押し込めた。と、不意にゴーグルの下でその目つきが傭兵のそれへと変わる。
「その前に、一仕事ありそうだな。七時の方向だ」
 その言葉にミリアムは視線をアークに向け、それからバックミラーを見やる。初めは分からなかったが、次第にほんの豆粒ほどの影が認められた。
「あーんな遠くなのに、よく分かったねぇ」
 まるで緊張感のない声に、アークは呆れ顔をし、ダッシュボードにあった双眼鏡で後方を確認した。
「バイクが四台、バギーが二台だ。見かけない旗だな……。どっちにしても、盗賊の可能性が高い」
 基本的に、自治区の外──砂漠はどの区の領地でもない。その為治安は最悪で、組織化した盗賊などが多数存在しているのである。狙われるのは大抵商人や運び屋など、金目の物を持った人間だ。
「まだ遠いから様子見よっか。どうせこの距離じゃ攻撃もしようがないし」
「後ろを晒しているのは危険だ」
「んー。でもこれ以上スピード出せないって」
「向こうの方がスピードは上だな。すぐ追いつかれるぞ」
 それでも逃げの一手なのか。そう言う前に、ミリアムは相変わらず呑気な声で応じた。
「んじゃ、相手に止まってもらうしかないねー。シートの下にバズーカがあるでしょ? 一応奴らの目に付かないように準備しといて。で、あたしの合図で敵さんが固まってるとこに撃ってね。その後、倒し損ねた奴らは適当に。あ、でも出来れば殺さないようにね」
「バズーカを撃ったら、普通は死ぬと思うが」
「それは撃ってのお楽しみ」
 明るい声で、それでもテキパキと指示をするミリアムに従い、アークはシートの下に手を入れ、バズーカ砲を取り出した。それは、仕事柄様々な武器を扱っているアークも初めて見る物だった。
──随分軽量化されてるな。
 だが、基本的な作りは通常のバズーカ砲と変わりなかった。アークは弾が入っている事を確認して安全装置を外し、ホルスターに収まっている拳銃の安全装置も確認する。その横で、ミリアムも片手でハンドルを操作しつつ腰に装着した銃に手を添える。
 その間にも後方の盗賊は距離を縮め、遂には攻撃可能範囲まで追いついてきた。
 先頭を走っていたバギーに乗っているうちの一人が、銃を二発発砲した。そのいずれも運転席のすぐ横を掠めていく。警告の合図だ。
「止まれ、だそうだ」
「やだよーん、って言ってあげて。そのバズーカで」
 楽しさを隠せないその口調に、アークは小さく息をつくとバズーカを構えた。風の影響を計算に入れ、心持ち風上に照準をずらす。と、
「撃って!」
 ミリアムの合図に、ためらう事なく引き金を引く。
 発砲の反動は予想外に小さい。そして、放たれたロケット弾は幾分速度が遅いと感じた。次の瞬間、それは空中で弾け、盗賊達を包み込むように網状に広がった。
 鉄製の投網に襲われた盗賊達は、慌ててそれを避けようとした。一番前を走っていたバギーは、急ブレーキをかけハンドルを切り、そのまま砂にタイヤを取られ横転した。その少し後ろを走っていたもう一台のバギーは、横転した仲間のバギーを避けきれずに追突して止まる。並走していたバイクのうち一台が網に捕らえられ、乗っていた男が悲鳴を上げながらバイクから転落した。
「ぃやっほー! 大漁大漁!」
──アホか、こいつは……。
 アークは今日何度目か分からぬため息をもらし、バズーカから拳銃へと武器を持ち替えた。網から逃れたバイク三台が、挟み打ちにしようと二手に分かれたのだ。
「そっちに一人行った!」
「はぁい! いらっしゃいませ〜」
 銃弾をくぐり抜けるように激しく揺れる車上で、アークが二発発砲する。一発が敵の腕に当たり、そのままバランスを崩して砂地へと突っ込んだ。すかさずもう一台に狙いをつけるその横で、ミリアムは右腕だけを後方に逸らし、運転席側に迫っていたバイクに二発発砲した。
 顔は前を向いたままだった。ミリアムはサイドミラーを見ながらバイクを狙い、銃を握っていた敵の腕と、バイクのタイヤにそれぞれ命中させたのだ。
 その射撃技術の高さに舌を巻くアークの目の前で、ミリアムに撃たれたバイクは失速。ふらつくとそのまま最後の一台に突っ込み、二台は派手に爆発した。
「あらら。大惨事?」
 遠ざかる黒煙と炎をバックミラー越しに見ながら尋ねると、アークは構えていた拳銃を降ろした。
「……一人は吹っ飛ばされてたな。もう一人は知らん」
「うーん。運が悪かったと思って諦めてもらおう」
 その言葉に対し、アークは沈黙するのみだった。
「ところで、どうだった?」
 敵が追ってこないのを確認してから助手席に座り直したアークに、ミリアムは尋ねた。何について尋ねられているのか分からず、アークは首を傾げる。
「……何が?」
「さっきのバズーカ。あれ、あたしのお手製砲弾なの。名付けて『一網打尽くん』。結構使えるでしょ?」
 得意気な口調のミリアムに、アークはまたしても閉口した。それに気付いているのかいないのか、ミリアムは更に続ける。
「鉄網の開くタイミングが結構難しかったんだよー。初速もあれ以上あげられないから、飛距離が短いし」
「…………付かぬ事を聞くが」
 ドアの縁に左肘を置き、額に手を当てていたアークが、ようやくといった様子で顔を上げ、ミリアムに向き直る。
「以前コトル近くの遺跡で使っていた煙幕のような爆弾……あれも自作なのか?」
「ああ、『ケタケタさん・二号』 ね。あれ、オワライ草使って作ったの。あたしの自信作」
 そう言うと、ミリアムはクスクスと笑いながら続けた。
「あれも苦労したんだよぉ。一号を作ってる時、球根の成分を思い切り吸っちゃってさぁ、笑い死ぬかと思ったわ。まぁ、実戦ではすごい役立つけどね」
 肩を竦めるミリアムに、アークは再び額に手を当てて俯いてしまった。
 奇妙な武器の性能に対して突っ込むべきか、ふざけたネーミングセンスに対して突っ込むべきか思わず真剣に悩んでしまい、そんな自分に気付いて更に頭が痛くなってしまったのだ。
 ただ、人を小馬鹿にしたような攻撃スタイルは、例え命の危険がないとは言え、敵側からすればさぞかし邪魔くさく、鬱陶しく、かつ腹の立つものだろう。それだけは確かだ。
 いっそ、アークのように容赦なく命を奪う方が、まだ敵を作らずに済むかもしれない。現に、傭兵生活は長いが味方に引き入れようとされる事はあっても、賞金首になどなった事は一度もない。
「『カラミティ』 の所以がよく分かった……」
 アークの呟きに、ミリアムが顔を向ける。マスクとゴーグルに隠されてはいるものの、今ミリアムがどんな表情をしているのか何となく想像がついた。
「お褒めに預かり、光栄ですわ♪」
──誰も褒めてない。
 その言葉を、アークはマスクの下で何とか飲み込んだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 盗賊を首尾よく追い払ったミリアムたちは、その二日後、予定通りに目的の遺跡にたどり着いていた。
 現時点で見つかっている遺跡の中で最大の遺跡と言われる『ギトゥ』。どんなに遺跡に疎い人間でも、ほとんどの者がその名を知っている、考古学の分野でも大変重要とされていた場所だ。
 だが、考古学の研究よりも高度な文明の利器を利用しようとする者たちによってその内部は荒され尽くし、今は何の価値もない『空っぽの箱』 と揶揄されている。
「これが、ギトゥ……」
 風に運ばれた砂に埋もれたそれは、何の工夫もない長方形の塔だ。
 アークがゴーグルを外し、蒼い目を細めてその塔を見上げる。その横顔を、ミリアムが見つめる。
 圧倒されているのか、アークは口を閉ざし、太陽を背にしたその塔を見上げたままだった。
「ギトゥは初めてだって言ってたよね。感想は?」
 瞬きもせず塔を見上げていたアークが、その声に視線を落とす。
「箱というより墓標だな」
「まぁねぇ。ある意味お墓みたいなもんだよね。失われた文明の」
 ギトゥはこうした長方形型の入り口が五ヶ所、それらは五角形を描くように等間隔──約五キロ間隔で砂漠に点在する。ここはそのうちの一つであり、ミリアムが祖父と共に訪れた事のある場所でもあった。
「さて、早速だけど」
 言いながら、ミリアムが胸ポケットから折り畳まれた紙を取り出す。折り目がすり切れ、今にも破れそうなそれを丁寧に広げる。
 そこに描かれているのは、この遺跡内の大まかな地図。アークもここへ来る前に一度見ている物だった。手書きで描かれたそれは、入り口から地下一階、二階、と、各階の見取り図が七階まである。
 『誰が描いた物だ?』 とアークに問われた時、ミリアムは少し曖昧な笑みを浮かべ、祖父が長年かけて描いたものだと教えた。
「ここが現在地点ね。で、入って左側のエリアから下に行けるから。今分かってる限りでは、地下七階まで行けるはず。まずはそこまで行って、更に下にいけないか、もしくは……このエリア」
 ミリアムの指が、全階の中央部分にある斜線で塗られた円を指した。
「ここに通じる通路か、とにかく何か手がかりがないか、徹底的に調べる! オッケー?」
「随分曖昧な作戦だな」
 その言葉に、ミリアムは心持ち頬を膨らませ、地図を折り畳んだ。
「ここはね、もう昔っから発掘されまくってんの。それでも、誰も中央エリアにたどり着けないでいるんだから、もう後は少しの運とありったけの根性で行くしかないの! とにかく、何でもいいから気になったところとか、ちょっとおかしいなと思ったら遠慮せずに何でも言って!」
「……はいはい」
 これまでにないアークのくだけた返事に、ミリアムは満足げに頷く。
「んじゃ、いっちょ行きましょか。目指せ、未到達エリア!」
 気合の入った掛け声と共に、ミリアムが遺跡の入り口へと突き進む。その後ろ姿を眺めながら、アークは思った。
──俺の仕事は護衛じゃなかったのか?
「アーク! 置いてくよー!」
 だが、そんな思いも、ミリアムの元気な声にすっかり萎えた。
「戦場の方が楽だな……」
 こいつのお守りよりは。そう心の中で付け足すと、まるでそれが聞こえたかの様にミリアムが振り返る。
「この後に及んでぶつくさ言ってんじゃない! さっさとする!」
 まなじりをつり上げ、いつもより少し厳しい口調で一喝する。さすがはハンターと言うべきか、遺跡を前に目の色が変わっている。
 それに恐れをなした訳ではないが、アークは肩を竦め、歩調を早めてミリアムに追いついた。
「了解。隊長殿」

       

  



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