Round and Round - Chapter 1 - 02

Chapter 1-02



 暗闇の中に、一つの足音が響き渡る。
「しっかし広いなぁ……まーた迷子になりそう」
 呑気な呟きはミリアムのものだった。
 内側に防弾加工を施した帽子と、周囲の明るさに応じて自動調節する暗視スコープ。首には顔を完全に覆うことができる防毒マスクをぶら下げ、腰と太ももに小銃二丁とナイフ。背中には大きめのバックパックを背負っている。
 軍隊並みの重装備をしたミリアムは、暗視スコープを頼りに延々と続く広い通路をひたすら歩いていた。
 ミリアムが遺跡近くの街に無事たどり着いたのは、砂漠で迷子になってから二日経った今朝の事。街に入ったミリアムは、準備を整えすぐに遺跡へ向かう事にしたのだ。
 発掘隊がこの遺跡を発見する前に、ミリアムは遺跡の存在を掴んでいた。ミリアムを捕まえる為、発掘隊がわざと情報を流していることを知ったのは、街に着いてからだった。
「あたしをハメようなんて、生意気なっ」
 と言ったかどうかはともかくとして、ミリアムは別の入り口を見つけ出し、見張りを眠らせた後、各所に罠を仕掛けてきたのだ。
 しかし、それほど時間が稼げるとは思っていなかった。発掘隊が他の入り口を見つけ出し、遺跡内に進入してくるのは時間の問題だろう。
 基本的に遺跡発掘というのは『早いもの勝ち』である。特にフリーのハンターは人海作戦で根こそぎ発掘というわけにはいかないので、いかに早く、金になるものを発掘できるかが重要になってくる。
 欲張って長居をした挙句、回避できるはずの戦闘に巻き込まれるような愚かな真似はしない。例え戦闘になっても無益な殺生はせず、逃げることを第一に考えるのがミリアムのやり方なのだ。
――さっさと見つけて、さっさとかーえろっと。
 呑気に鼻歌など歌いながら歩いていたミリアムは、遠くに響く微かな爆発音を耳に捕らえた。
「お。引っかかった、引っかかった♪」
 それは、カラミティを追って遺跡に入り込んだ発掘隊が、仕掛けられた罠にまんまとかかった瞬間の音だった。
 爆発はあるものの、罠自体に殺傷能力はない。ただ、戦力の無力化という意味では最強の罠なのだが。
「さ〜て。急がなきゃね」
 いかにも楽しそうに呟くミリアムであった。


 一方、遺跡入り口付近で不意を突かれた発掘隊の面々は、何とか他の隊員たちに救助されたものの、半ばパニック状態に陥っていた。
「わははははははははは!」
「ひ〜っひっひっひ……」
「く……くるし……」
 後から現場に着いたアークも、その異様な光景には驚いた。その場にいる半数以上の人間が、皆狂ったように笑い転げているのだ。
「一体どうなっている?」
 アークが尋ねたのは、発掘隊リーダーの補佐役をやっている男だった。
「トラップが仕掛けられていたんだよ。いきなり爆発と一緒に白い粉が舞ってな……ごらんの通りさ。あんた、オワライ草って知ってるか?」
 首を横に振るアークに、補佐役の男は苦笑しながら説明した。
 オワライ草とは、砂漠に生えている背の低い草の名前である。草は無害だが、根の部分に出来る球根には毒がある。
「それを食うと、あいつらみたいになるんだ」
「その毒のせいでこうなったと?」
「症状はよく似ている。全員ガスマスクまでつけていたのに、」
 補佐役の男の言葉は、大きなだみ声に突然遮られた。
「おお! 来た来た!」
 その声に振り向くと、前回会った時にリーダーと名乗っていた男が、アークの姿を認めて走ってきた。
「カラミティが来てるんだ。いっちょとっ捕まえてくれや」
 五十代半ばを過ぎたくらいのむさ苦しい男の顔に、怒りと焦りの色が見える。
「どこにいるんだ?」
 アークの言葉に、リーダーは
「わからん」
 あっさりと答えた。アークの眉が微かに上がる。補佐役の男が、慌てて口を挟む。
「今はまずいだろ。ガスマスクも役に立たないし、内部は未だ正体不明の粉が舞ってるんだ」
「ばかやろう! ここでマゴマゴしてたらまたカラミティにお宝かっさらわれちまうだろ!」
「あのなぁ、オヤジ……」
「仕事中はリーダーと呼べ!」
「動ける奴らが他の入り口を探してる。時間がかかるが、そこから行った方がいい」
「これだけ小バカにされて、おめおめと逃がすってーのか!?」
 どうやらこの二人は親子らしい。もはやただの親子喧嘩と化した言い合いを無視し、アークは遺跡の方へ目を向けた。
――つまらない仕事を受けた。
 ここしばらく戦闘の仕事がなく、他にやることもなかったため受けた仕事だったのだが、アークにしては珍しく後悔していた。
「……分かった。これから捜索してみる」
 早く終わらせてしまいたい。そんな思いからアークが言うと、リーダーが振り返り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ありがてぇ」
「任務は二日後という契約だったからな。契約外の場合、任務が成功しなくても報酬の半分はもらうぞ」
「う……ま、まあしょうがねえ。いいだろう」
 アークは渋い顔をするリーダーの横をすり抜け、遺跡へ向かって歩き出した。
「お、おい。人の話聞いてたのか? 今はまだ毒が」
 補佐役の息子がアークを静止しようとするが、アークの歩みは止まらなかった。
「毒のことなら問題ない」
「問題ないって……」
 これまでアークは、ガスや薬などの毒にやられたことなどなかった。猛毒の類も、全くといっていいほど効かないのだ。
 今まで会ったネオスの中にも、毒に対してある程度の耐性を持つ者がいた。しかし、それは訓練されたものであり、全く効かないというわけではなかった。
 生体――つまり、生き物である限り、どんな毒にも効かない体など通常では考えられないのだと、そう言われたことを思い出す。
 通常では考えられない体。そんな事実を思い知らされる度、アークは自分が何者なのかを自問せずにいられなかった。

――化け物。

 不意に浮かんだその言葉を頭から追い払い、アークはマスクも着けずに遺跡へと足を踏み入れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 外がパニックになっている間、ミリアムは着々と遺跡深部へ進んでいた。
――ずいぶん殺風景なところ。人が居住した場所でもなさそうだし……何より何かに使われた形跡がほとんどない。
 ミリアムは辺りを見回しながら、不安に駆られていた。
――もしかしてこの建物、使われてなかった……とか?
 そんな予感を覚えながらも、ミリアムはそれらを確かめるべく、更に奥へと進んだ。

 かつて文明が栄えた時代。エリュシオンには三つの国が存在していた。
 大陸の東側に位置する平野に栄えた『ユグドゥラ』。大陸の西側、かつては森林地帯だった山岳には『アヴァルニア』。海に浮かぶ群島『ティルナノール』。
 三つの国はそれぞれに繁栄し、そしてほぼ同時期に滅亡したとされている。それが、今から一五〇年ほど前。
 詳しいことはまだ分かっていないが、この辺りはアヴァルニア領土であった可能性が高いようだ。遺跡の中には、農業が盛んに行われていた形跡があり、アヴァルニアはそれによって国を維持していたと推測される。最も、現在では土地も荒れ果て、農業などほとんど行われていない。
 三国間で勃発した戦争により、エリュシオンは徐々に衰退していき、そして滅亡した。何らかの原因によって地上にあった建造物などは消滅し、地下の建造物だけが遺跡として残った。
 それが現在、考古学者たちの間で最も有力視されている見解だった。
 学者らの言う『何らかの原因』 は諸説あるが、恐らくは強力な兵器によるものだろうとされている。それを確かめる術は、今のところ見つかっていないのだが。
 地下からは多くの遺跡が発掘されているにも関わらず、その当時の歴史を紐解くものはほとんど発見されていないのだ。
 ミリアムは、ふと祖父の言葉を思い出した。
――消えた文明……か。
 文献どころか、言い伝えすらほとんど残っていないその文明を、祖父は『故意に消されてしまったかのようだ』 と冗談交じりに言っていた。
 忘れられた存在を主張するかのように、発見される遺跡。これらは、一体何を示しているのか。
 そんなことを考えながら歩いていたミリアムが、不意に立ち止まる。
 暗視スコープを外し、小さなライトを取り出すと、前方を照らした。そこに浮かび上がったのは、ミリアムの身長の二倍近い高さの扉だった。通路から、ようやく他の部屋へと続く扉を見つけたのだ。
 が、しかし。
「……ちょっとちょっと」
 当時は何らかの動力を使って自動で開閉していたのであろうその扉は、扉としての用をなさず、開いたままの状態だった。
 ミリアムは辺りの様子を確認してから、中に足を踏み入れる。
 内部はガランとしていた。隅の方に建設資材と思しき板状の金属や棒状のものがわずかに残っているだけである。
「……そんなぁ」
 嫌な予感は見事に的中してしまった。予想した通り、ここは使われていない建造物だったらしい。室内の状況から考えると、まだ建設途中だったと思われる。
 これ以上地下へ進む道もありそうにないし、これ以上ここに留まっていることも時間的に無理がある。
 誰もいない遺跡内で、ミリアムは大袈裟にガクンと肩を落とした。
 せっかく苦労して潜り込んだというのに、あったのはジャンク屋くらいしか引き取り手のないチンケな資材だけだったのだ。これが落ち込まずにいられるだろうか。
――もお、最悪……
 深々とため息をついたミリアムだったが、不意にその表情が険しくなる。息を呑み、全神経を部屋の外へ集中する。
 外に人の気配が一つ。それはすぐ側まで近付いてきているようだ。ほとんど気配を感じさせないところを見ると、相手もこちらの存在に気付いているのだろう。
――やばい。
 この部屋の出口は一つだけ。どうやっても、追っ手と戦わずして出ることは叶わない。
 ミリアムは相手の実力を何となく感じ取っていた。気配の消し方からして、かなりの手練れであることが分かる。下手をしたら、ミリアムでも敵わないかもしれない。
 全身から嫌な汗がにじむのを感じながら、ミリアムは胸中で呟いた。
――ホント、最悪……


       

   



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