Round and Round - Chapter 1 - 04

Chapter 1-04



 誰もいない室内に、ミリアムは一人座り込んでいた。

 ここは…遺跡?

 明かりもない、薄暗い遺跡の中。
 何もない室内に足音が響く。
 振り向いた先に立っていたのは、髭をたくわえた体格のよい中年男性。

 おじい、ちゃん?

 ミリアムはその男を知っていた。いつも一緒に遺跡を巡っていた祖父だった。
 祖父はミリアムには分からない言葉で話し掛けると、ミリアムを軽々と抱き上げた。
 ミリアムの体は、小さな子供に戻っていたのだ。

 そうだ。これは昔の……


「……気が付いたか」
 意識を取り戻したミリアムの耳に届いたのは、少し低めの女の声だった。
 ぼんやりとした視界が次第に鮮明になる。古いが清潔感のある室内。声の主は、ミリアムのすぐ側に立っていた。
 思い切りよくカットされた短い黒髪と切れ長の瞳。白衣を着ているところを見ると、どうやら医者かなにからしい。
「……こ、こは?」
 喉が痛み声がかすれる。その痛みに呼び起こされるように、左腕にも激痛が走った。
――そっか……あたし、あのまま……
 不意に、意識を失う直前に見た男の顔が浮かぶ。金色の髪とブルーの瞳。整った顔立ちをした、三十代前くらいの男。
 容赦なく襲撃してきたあの男に、あのまま殺されてしまうのだと思っていた。なのに。
――なんで、生きてるわけ?
 ミリアムは左腕を庇いながら、ゆっくりと起き上がった。
「気分はどうだ?」
 その言葉に、ミリアムは再び白衣の女に目を向ける。
「まぁ、とりあえず大丈夫です」
 左腕はまだ激痛を訴えているが、それを無視してミリアムは言った。
「ところで、ここはどこ? 今何時? あたしはどれくらい眠ってたんですか?」
 矢継ぎ早に質問を繰り出すミリアムに、女医は淡々とした口調で答える。
「ここはコトルにある病院だ。今は八日の正午を過ぎた頃。あんたがここに運ばれてから半日ほど経っている」
 コトルは遺跡近くにある街の名前だった。この病院に運ばれたのが半日前ということは、あの男と戦った後すぐに運び出された事になる。
――じゃあ、やっぱり捕まったってこと?
 首を傾げるミリアムをよそに、女医は椅子を引き寄せて座ると、ミリアムの首元に手を伸ばした。
 警戒して思わず体を引いてしまうミリアムに、女医は笑みを浮かべた。きつい印象だったその表情が少し和らぐ。
「大丈夫。危害を加えるつもりはない」
 その言葉にミリアムは大人しく診察を受けた。女医は痛みなどの症状を質問した後、今度は左腕を診察した。左腕には添え木がされ、動かないように包帯で固定されていた。
「しかし、派手に砕かれたもんだな。複雑骨折、全治四ヶ月ってところか」
 包帯を取りながら苦笑する女医に、ミリアムはあいまいな笑みを浮かべた。ミリアム自身、一撃――それも素手の攻撃でここまでの怪我を負わされるとは思っていなかった。
「ま、あいつとサシで戦って、骨折だけで済んだんだ。幸運と言うべきだろうな」
 その言葉に、ミリアムは弾かれたように女医を見る。
「あいつって……金髪の男のこと? 知ってるの?」
「アークのことか? あいつとは昔馴染みだ。ちなみに、ここにあんたを運んできたのもあいつだ」
 ミリアムはますます訳が分からなくなっていた。
「……なんで?」
 女医はそんなミリアムの様子を面白そうに眺めながら、折れた左腕を両手で包むようにして持った。
「さあな。……よし、治療をするぞ。左腕に意識を集中してくれ」
「集中?」
「そうだ。『治れ』 と念じるつもりでだ。いくぞ」
 訳の分からないことだらけのミリアムだったが、それでも女医の言うとおり、折れた左腕に意識を向ける。
 女医は大きく息を吸い込み、目を閉じた。すると、徐々に女医の手から自分の腕へ、何か温かなものが浸透していくような感触を覚えた。
――これって……
 ミリアムは前に聞いたネオスに関する噂を思い出した。
 ネオスの中には優れた身体能力の他に、特殊な能力を持つ者もいる。その中には、人の怪我や病気を治すことのできる能力もある、と。
 特殊能力の中でも、この治癒能力を持つネオスは大変珍しく、ミリアムも実際に見るのはこれが初めてであった。
「もっと集中しろ」
 目を閉じたまま女医が言う。ミリアムは左腕に目を向け、手を添えられている部分をじっと見つめた。
 砕けていた骨が元の位置に戻っていき、そのつなぎ目を新しい組織がつなぎ合わせ、骨が完全な形を取り戻していく。そんなイメージを描いた瞬間、異変は起こった。
 まるで女医の手に吸い取られていくように痛みがなくなっていく。驚いて腕を凝視するミリアムの前で、腕の腫れが引いていき、骨折前と何ら変わらぬ状態に戻っていた。
 女医は軽く息をつくと、ミリアムの腕の状態を見、満足げに頷いた。
「ふむ。なかなか回復が早いな。ゆっくり動かしてみろ」
 言われた通り動かしてみる。まだ若干痛みは残っているが、動かすことに支障が出るほどではない。
「すっごーい! ホントに治ってる!」
「あんまり無理に動かすなよ。まだくっついたばかりだからな。一週間は安静にしておけ」
 再び添え木を着け、包帯を巻く女医を見つめながら、ミリアムは感心したように言った。
「こんなに簡単に治せるんだ……すごいですねぇ」
 ネオスであるミリアムも常人よりは治癒力が高いが、それでもこれだけの骨折なら治るまでに一月はかかる。
「相手によりけり、だ。あんたの治癒力が高くて助かった。力も少しで済んだからな」
――そういうもんなんだ。
 一体どういう仕組みになっているのか、その能力のことをもう少し詳しく聞いてみたい。そんなことを考えていたミリアムに、女医が無情の一言を浴びせる。
「今回は楽だったから、治療費は五百ドレンでいいぞ」
 ミリアムの体が固まった。
――ごひゃく……
「高っ」
 思わずそう呟いてしまったミリアムを振り返り、女医は口角を吊り上げた。
「当たり前だ。普通の治療法じゃない上、急患扱いだからな」
 それにしてもあんまりだ、とミリアムは思った。五百ドレンあったら、孤児院の子供たちに十分行き渡るくらいの食料も、三日分は買えるというのに。
――しょうがない。手持ちのもの売るしか……
 そう思い、辺りを見回すミリアムだったが、その顔が一気に青ざめた。
「……荷物知りません?」
「あんたの荷物? 私は知らないが」
――もしかして、遺跡に置いてきちゃった? もしくはアークとかいうあの男に盗られた……とか?
 バックパックの中には、売ればかなりの金額になる装備品が詰まっていた。それらは全て、市場には出回っていない高性能なものばかりだ。
「うっそでしょー!?」
 思わず頭を抱えるミリアムに、女医は肩をすくめ先を続ける。
「アークが預かっているんじゃないか? 呼んでくるから聞いてみるといい」
「えっ? いるの?」
 顔を上げるミリアムに、女医が意地の悪い笑みを浮かべた。
「お姫さまのお目覚めを心待ちにしているようだったぞ」
 あからさまに嫌な顔をするミリアムを見、女医はますますおかしそうに笑った。
「少し待ってろ」
 そう言い置いて、女医はミリアムの反論も聞かず部屋を出て行った。
「……最悪」
 そう呟き、ミリアムは再び頭を抱えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一方、別室で待っていたアークも頭を抱えていた。
 夢の中の女を思い出そうとする度、激しい頭痛に襲われる。何かを思い出しそうになると、それらは指の間をすり抜ける砂のように逃げていってしまう。
――……だめだ。思い出せない。
 アークは小さく息をつくと、天井を仰ぎ見た。
 栗色の髪と翡翠色の瞳をもつ女――カラミティと呼ばれているハンター。年は二十歳そこそこといったところだろうとアークは判断した。
 アークが記憶をなくしたのは二十年前。そう考えれば、あの夢の女とカラミティが同一人物ではないと分かる。いや、分かっている。
 だが、アークはどうしてもカラミティを引き渡すことができなかった。
――何故だ?
 あの女に似ていたからなのか。しかし、実際には髪と瞳の色が一緒というだけで、顔が似ているのかどうかも覚えていないというのに。
――なのに、何故放っておくことができない?
 ぼんやりと天井を見上げていたアークは、人の気配を感じてドアに目を向けた。
「入るぞ」
 ぶっきらぼうな物言いは、この病院の女医、ルシアのものだった。ルシアはこちらの返事を待たず、ドアを開けた。
「お姫さまのお目覚めだ」
 ニンマリと笑うルシアに、アークは何の反応も見せず、
「そうか」
 と、小さく返した。
「相手はお前に会いたくないようだったがな」
 無理もない、とアークは思った。襲われた挙句、怪我まで負わされたのだ。恨まない方がおかしい。
 ゆっくりと立ち上がるアークを、ルシアはじっと見つめた。
「珍しいな」
「何がだ?」
 ルシアに向けたアークの視線には感情の色はない。
「お前が他人に執着するのが、だよ」
 ルシアは挑発的とも取れる表情を浮かべる。それでも、アークの表情は変わらない。
「治療費はどれくらいかかる?」
 抑揚のない声に、ルシアは軽く眉を上げた。
「五百ドレンだが。お前が払ってくれるのか?」
「ああ。後で渡す」
 冗談で言ったつもりのルシアは、今度こそ驚いたように目を見開いた。その横をすり抜けるようにして、アークは部屋を出た。
――へえ……どういう風の吹き回しなんだか。
 ルシアは昔のことをふと思い出した。もう五年以上前になるが、ルシアもその当時はアークと同じ傭兵だった。
 その時から、アークは誰ともつるまず、誰にも干渉せず、そして誰も周りに寄せ付けなかった。
 傭兵などを生業にしている人間に、人と平和的に交流できるような器用さを求める方がおかしい。だが、アークはその中でも異彩を放っていた。
 きっと、誰の力も必要とせず、誰のことも欲することのない人間なのだと、そうルシアは思っていた。それが幸運なことなのか、不運なことなのかは分からなかったが。
「せーんせー! ルシアせんせー!」
 過去に思いを馳せていたルシアは、遠くから響いてくる甲高い少女の声に眉をひそめた。
 バン! とドアが勢いよく開く。そこに立っていたのは、まだ幼さの残る十代半ばの少女。三人いる助手のうち、一番の古株であるカリナだった。
「カリナ。院内で大声を出すなと何度言ったら分かるんだ?」
 ルシアの双眸がすっと細くなる。が、カリナはそれに怯える様子もなく、憤慨した様子で言い返した。
「急患が大勢いるから大至急看てくださいって言ったじゃないですかぁ」
「ああ、ひきつけ起こして運ばれた奴らか」
 ルシアは顔を歪める。
 アークが来た直後、遺跡発掘隊の隊員が二十名ほどこの病院に運ばれてきた。原因はオワライ草の毒によるものだった。
 何があっても女の患者がいる病室には入れないでほしいとアークに頼まれ、仕方なく庭先で野外診察していたのだ。
 普段ならどの患者も特別扱いなどしないのだが、今回ばかりはアークの頼みを聞いてもいいとルシアは思った。
 あのアークが人に何かを『頼む』 こと自体、非常に珍しいことだったから。
「どうせ大したことないんだ。落ち着くまで放っておけ」
「もぉ〜! むさ苦しい男が相手となると、途端に冷たいんだから!」
 頬をパンパンに膨らませるカリナに、ルシアはふと表情を緩め、ふわりと微笑んだ。その辺の男では太刀打ち出来ないシャープな美貌と、その造作からは想像できない柔らかな笑み。
 助手たちの間で『悩殺スマイル』 と称されているそれは、何年も一緒にいるカリナですら例外なく悩殺される。
 膨らんでたカリナの頬はすっとしぼみ、ほのかに赤くなった。
「またそうやってごまかす……」
「カリナたちがいてくれて助かってるよ」
 その言葉は本心からくるものだった。カリナにもそれは分かったのだろう。にっこりと笑みを浮かべ、それから助手の顔へと戻った。
「分かりました。では解毒剤打って追い出します」
「注射の料金は三割増でな」
「はあい」
 平然と付け加えたルシアに、カリナも当たり前のように返事を返した。
 この女医にしてこの助手あり、である。


       

  
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