Round and Round - Chapter 1 - 05

Chapter 1-05



――さーて……どうしよう……
 ルシアがアークを呼びに言っている間、ミリアムはこめかみに指を添え、考え込んでいた。
 このまま逃げてしまいたい衝動に駆られるが、武器も装備もないのでは逃げ切れる気がしないし、そもそも逃げても意味がない。
――あの装備一式、取り返さなきゃ大損だもんなぁ。
 孤児院の仲間から『守銭奴』 と言われているミリアムの心配は、自分の身よりも高価な装備にあった。しかし、孤児院の実情を考えれば、それも仕方のないことだった。
――ただでさえ、今回の発掘は無駄骨に終わったわけだし。しかも治療費まで……
 考えただけでも頭痛がする。大きく息をついたミリアムはドアの外に人の気配を感じ、それが頭痛の要因とも言うべき人物であることを悟った。
「入るぞ」
 ノックの後聞こえてきた声は、案の定遺跡で聞いた声。
「……どうぞ」
 ドアが静かに開く。入ってきたのは、金髪にブルーの瞳を持つあの男――アークだった。
 明るいところで姿を見るのは初めてだったミリアムは、軽く目を見張った。
 長身で均整の取れた体といい、彫りの深い端整な顔立ちといい、寸分の隙もない美形。
――へえ……かっこいいじゃん。
 そう思って呑気に観察していたミリアムだったが、アークが一向に口を開かないのを見て、わずかに困惑の表情を浮かべた。
 アークはドアを背に立ち尽くしたまま、ミリアムをじっと見つめている。
「……とりあえず、聞きたいことがあるんだけど」
 沈黙に耐え切れなくなったミリアムが、先に言葉を発する。アークは黙ったまま、ベッドに腰掛けているミリアムに歩み寄り、傍の椅子を引き寄せ座ると、ミリアムを見据える。
 その視線に戸惑いながらも、ミリアムは再び口を開いた。
「何であたしを襲ったの?」
 予想はついているが、あえてミリアムはそう質問した。
「仕事だからだ」
アークは無表情のまま答える。
「仕事って?」
「カラミティを生け捕りにして、発掘隊に引き渡すことだ」
「あたしがその、カラミティだと?」
「あの遺跡内にいた時点で、その可能性は高いと見たんだが」
 淡々とした口調のアークに、ミリアムは小さく息をついた。
「仮にそうだとして、何でこんな丁重に治療をしてくれてる訳?」
「死なれては困るから」
「……それはそれは。わざわざありがとうございますぅ」
――あれで殺す気がなかったって?
 明らかに作り笑いと分かるそれを浮かべるミリアムに、アークは少し間を置いてから尋ねた。
「一つ聞きたいんだが」
「何でしょう?」
「以前、どこかで会ったことはなかったか?」
「……は?」
 ミリアムは作り笑いを貼り付けたまま固まった。
「……あたしが、あなたに?」
 黙って頷くアークは、無表情ではあったものの、ふざけているようには感じなかった。ミリアムはちょっと考えて、それから首を振った。
「半日前が初めてだと思うけど?」
――こんな美形、ちょっとやそっとじゃ忘れないもんね。
「そうか……」
 アークは無表情のまま呟くと、椅子から立ち上がった。
「今、この病院内に発掘隊の奴らがいる。あんたの正体は話してないから大丈夫だと思うが、念のため奴らがいなくなるまでここにいた方がいい。ここの連中がかくまってくれるだろう」
 その言葉に、ミリアムは怪訝そうに首を傾げた。
「あたしを『カラミティ』 だと判断して攻撃してきた。そうでしょう?」
「ああ」
「じゃあ、何でそのまま引き渡さなかったわけ?」
 何故。その問いに、アークは口を閉ざした。
 自分の過去を知っているかもしれないと思ったからなのか、それとも夢に出てくる女に似ていたからなのか。
 それは、アーク自身にも分からなかった。ただ、助けたいという衝動だけでここまで連れてきてしまった。
 今のアークには、自分の気持ちすら分からなかった。そもそも、気持ち――感情というものを自分の中に感じることすら、今まで忘れていたような気がする。
「……別に……意味はない」
 結局、答えが見つからずそう答えたアークを、ミリアムが呆れたように見つめ返す。
――何だ、そりゃ……
「まぁ、無理には聞かないけど」
 そう言ったきり黙ってしまったミリアムを、アークもまた黙って見つめていた。
 考え込むように空を睨むその姿に、夢の中で感じたような儚げな印象はない。その双眸は意思の強さのようなものすら感じられる。
――別人なのは確か、だな。
 そうなれば、もうこの女に用はない。発掘隊に捕まえられなかったと報告し、この地を去るだけ。カラミティかどうかなど、アークにとってはもはやどうでもいいことだった。
「治療費は払ってある。荷物は預けておくから、後でここの助手から受け取ってくれ」
 それだけ言って背を向けるアークに、ミリアムは弾かれたように顔を上げた。
「待って!」
 振り返ったアークに、ミリアムが歩み寄る。ミリアムは、長身のアークを上目がちに見つめた。
 その姿に、アークは強い既視感を覚える。
「アークさん……でしたよね。名前」
――そうだ。その姿でそんな風に見上げられて、その名前を呼ばれた。
 フラッシュバックする女の顔。頭の中でこだまする声――。
「アークさん?」
 呆然とするアークに、ミリアムは首を傾げた。アークはふと我に返り、軽く頷く。
「……ああ」
 そんなアークの様子にミリアムは一瞬不審を感じたが、すぐ気を取り直し、再び尋ねる。
「アークさんって傭兵?」
「そうだ」
「今後のご予定は?」
 何を言わんとしているのか図りかねているアークを無視し、ミリアムは更に続けた。
「もし次の仕事決まってないなら、あたしに雇われてみない?」
「……何?」
「あたしのパートナーになってくれない? って言ってるの」
 目を見開くアークを見上げ、ミリアムはにっこりと邪気のない笑みを浮かべた。


       

  



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