Round and Round - Chapter 1 - 06

Chapter 1-06



 発掘隊の面々が追い出された頃を見計らって、アークは病院を出た。
 結局のところ、アークはミリアムの申し出に返事をしなかった。それでもミリアムは、
「明日の正午、街の西側にある酒場で待ってるから」
 と、一方的に言ってアークを見送った。
 その晩、ルシアの好意で病室に泊めてもらえることになったミリアムは、床に座り込み装備の手入れをしながらアークのことを考えていた。
――あんな逸材、滅多にいないもんね。
 遺跡に関しては素人かもしれないが、戦闘において強い味方になってくれることは間違いないだろう。ミリアムにとっては、むしろそちらの方が重要だった。
 これまでずっと一人で発掘をしてきたミリアムだったが、本当はずっと仲間が欲しいと思っていた。しかし、実際はミリアムが若い女だというだけで馬鹿にしてかかるハンターたちばかりで、仲間になりそうな者などいなかった。
 その点、アークに人を見下すような印象は受けなかった。愛想がないのが玉にキズだが、成功報酬を目の前にしてあっさりとミリアムを見逃してしまうあの欲のなさは、パートナーにするにはうってつけだと感じたのだ。
――それに、正体もばれちゃったしねぇ……
 そう。今まで発掘の際に誰にも顔を見られずにいたミリアムだったが、今回は完全に面が割れてしまっている。アークは発掘隊に報告しないと言っていたが、いつ情報が漏れるとも限らない。
 ならば、味方にしてしまった方がよっぽどいい。そう考えたのだ。
――機密保持に戦力増強。一石二鳥ってやつね。
 アークは協力するなどと一言も言っていない。だが、アークは絶対来る。何の根拠もないが、ミリアムはそう確信していた。そして、こういった時のミリアムの勘は、外れたことがなかった。
「さぁて。明日に備えて早く寝ようっと」
 装備の手入れを終えたミリアムは、それらを一まとめにし、小銃を一丁だけ枕の下に隠してベッドに横になった。


 翌朝、病院内の人々が動き出す気配にミリアムは目を覚ました。
 顔をタオルで拭き身支度を整えた頃、助手の一人がミリアムを呼びに来た。
「おはようございます。朝食用意してますけど、一緒にいかがですか?」
 ミリアムはありがたく誘いに乗ると、簡素ながらもバランスのいい朝食を取った。
 その後装備の確認をし、ついでにベッドのシーツもきちんとたたんで部屋を出た。
「どうも、お世話になりました」
「「「お大事に〜」」」
三人の助手が声を揃える。
「道中気をつけて。しばらく無理はするなよ」
 差し出されたルシアの手を握り、ミリアムは軽く頭を下げた。
「はい。ありがとうございます」
 三人の助手とルシアに見送られながら、ミリアムは街の西側を目指した。
 途中、弾薬や保存食を買いこみ、自治区が経営する車両預かり所へと向かう。ここの街は道幅がとても狭く、車両を乗り入れることができない。そのせいもあって、こうした施設も充実しているようだ。
 多少金はかかるが、外に放置して盗まれてしまっては元も子もないと、今回は奮発して施設を利用した。
 預けていたバギーへ荷物を積みこみ、人が乗れるよう助手席を軽く片付ける。
――さあて、来てるかな?
 そのまますぐ近くの酒場へ足を運ぶ。
 まだ日が高いせいか、酒をあおる男たちが数人いるものの、薄暗い店内は閑散としていた。
――まだ来てないか。
 ミリアムはカウンターに座り、果実酒を頼んだ。アルコール分が少なく、口当たりのいい酒であるそれを手に、ミリアムはこれからのことを考えていた。
 今回の遺跡発掘は完全に失敗に終わっている。また新たに情報収集をし、次の獲物を見つけなければならない。
――そうだ。装備もちょっとガタがきてるし、一度調整してもらわないと。
 忙しく頭を働かせるミリアム。しかし、傍から見ている分にはぼんやりとしているようにしか見えない。治安の悪いご時世、女が一人無防備にぼんやりしていれば、周りの男がちょっかいを出さないわけがなかった。しかもここは酒場である。
「よお、ねえちゃん」
 少々ろれつの回らない口調で、一人の男が声をかけてきた。
 ミリアムはその声をしっかり聞いていたが、あえて無視した。その態度に男は軽く眉を上げ、ミリアムの隣にどっかりと腰を下ろした。
「昼間っから一人で酒飲んでて寂しくねーか? 俺たちと向こうで飲もうぜ」
「待ち合わせしてんの。ほっといて」
「まーたまた。うそついたってダメだって」
――あ〜うっとうしい!
 ギロリ、と睨みを効かせるミリアム。しかし、元々幼顔で大きな目をしたミリアムには、男を怯ませるような迫力に欠けていた。
「はいはい。向こう行きましょ。ほらほら」
 無理やり肩を掴んで引っ張る男に、ミリアムは仕方なく怪我をしていない方の拳を握り締めた。
――痛い目みせちゃる……
 ミリアムが男に殴りかかろうとした瞬間だった。
「連れに何か用か?」
 低く抑揚のない声は、ミリアムが期待した通りの人物だった。
「アークさん!」
――ずいぶんいいタイミングじゃなーい。
 酒臭い男から開放される喜びと、それ以上に約束通り来てくれた喜びとで、ミリアムは満面の笑みを浮かべた。
「ちっ……男連れかよ……」
 ミリアムと違い、眼光鋭いアークに一睨みされ、男はすごすごと仲間の元へ戻って行った。
「ありがとう。また助けられちゃったみたいね」
「こんなところに一人でいるからだ」
 どこか憮然としたような呟きに、ミリアムは肩を竦めた。
「そんなに待たないと思ってたからさ……ま、座りましょ」
 アークは勧められるままに、ミリアムの隣に腰を下ろした。アルコールのきつい蒸留酒を頼んだ後、ミリアムに目を向ける。
「俺が来ると、確信していたような言い方だな」
 グラスに口をつけたミリアムは、一瞬止まってアークを見、再びグラスを傾けた。
「んー…八割方来ると思ってた」
「何故だ?」
 バーテンが差し出す酒を手に取り、そう尋ねるアークに、
「強いて言うなら勘かなぁ」
 とミリアムが呟く。
「ま、細かいことはいいじゃない。結果的にアークさん来てくれたし」
 ミリアムは笑みを浮かべ、隣に座るアークを見やる。
「まだ、仕事を受けるはと言っていない。大体、俺は遺跡に関して何の知識もない」
「ああ。そんなの最初は誰でもそうじゃない。あくまでもお手伝いしてもらうだけだし」
 残りの果実酒を一気にあおると、ミリアムはため息をついた。
「どっちかっていうと発掘作業の手伝いより、護衛をお願いしたいんだよね。あたしもさすがに一人で戦闘を切り抜けるのきついし」
「護衛……」
 呟いたアークは、何かを考えこむように黙った。
 失われた記憶のどこかに、何かが引っかかるような感じがした。だが、それもすぐに手の届かない闇へと消えていってしまう。
 鈍い頭痛を覚えたアークは、小さく首を振り、そのまま考えるのをやめた。
 だが、その仕草をミリアムは仕事の返事だと思ったらしい。少し驚いたように目を見開くと、上目遣いでアークを覗き込んだ。
「ダメ? 結構いい仕事だと思うんだけどなぁ。いいお金になるし、傭兵より楽なはずだよ?」
 弱気な表情を見せるミリアムに、アークはもう一度首を横に振った。
「いや……駄目なわけじゃない。そういう話なら、仕事は受ける」
「ホント?」
 一転して、ミリアムの表情がぱっと明るくなる。
――コロコロとよく表情が変わる奴だ。
 アークはそんなミリアムを見、小さく笑った。
 もし、その様子をルシアが見ていたなら、間違いなく驚いていたことだろう。例えほんの少しでも、アークが笑みを浮かべたことなどなかったのだから。アーク自身もそのことに気付かぬほど、それは自然な行為だった。
「やった! 交渉成立だね!」
 小さくガッツポーズをとったミリアムが、アークに向かって右手を差し出す。
「んじゃ、改めましてよろしく」
 差し出された細い手を、アークの逞しい手が軽く握り締めた。


 疫病神と呼ばれた一流のハンターと、死神と呼ばれた一流の傭兵。最強のタッグはこうして誕生したのだった。
 後に二人は、遺跡発掘史上誰も成し遂げたことのない功績を上げることとなる。
 もちろんそれは、本人たちすらも今の段階では知る由もないことである。

 そして、それが世界の歴史を大きく変えてしまうということも。


       

  
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