Round and Round - Chapter 2 - 01

Chapter 2-01



 ミリアムとアークがコトルの街を出て十日。
 前日まで吹き荒れていた風が嘘のように穏やかになったその日、二人はようやく次の目的地、アルムの街を目にすることが出来た。
「見えた! アーク、見て見て! ほら、あそこがアルムだよ!」
 助手席で前方を指差しながら喜ぶミリアムの横で、アークは淡々と車を走らせていた。
「今夜はマトモなベッドで寝られるのね」
 無表情のままのアークをよそに、ミリアムは喜びを隠せぬ様子だった。
 コトルからアルムまではバギーなら三日程で行ける距離なのだが、今回は運悪く大きな砂嵐に遭遇し、砂漠で何日も立ち往生していたのだ。ミリアムが大袈裟に喜びたくもなるのも無理のないことだった。
「アークはアルムに行ったことある?」
「いや。行った事はない」
 その答えをミリアムは少し意外に思った。
 アルムは武器や工具などの製造業が盛んな街である。それ故、自然と傭兵やハンター、武器商人などが武器を買い求めにここへ集まってくるのだ。
「仕事で武器とか使う時はどうしてるの?」
「依頼主が用意するか、大抵は現地で調達する」
「ふーん。じゃあ、愛用の武器とかないんだ」
「特にはない」
 装備はガタがくれば買い換えるなどして、完全な消耗品として扱っている。作戦によっては丸腰で敵地に乗り込み、その場に応じて何でも武器にして戦わなければならない。愛用の武器がなければ戦えない傭兵など、真の意味で傭兵とは言えない。それがアークの持論だった。
「そっか。任務も色々だし、必要なもの全部持ち歩いてたらキリがないか」
 ミリアムは一人呟き、軽くこめかみに指を添えた。ミリアムが考え込む時の癖だ。
「今後の仕事で必要な装備があれば用意する」
 アークの言葉にミリアムはアークの横顔を見、それからニッコリと笑った。
「いい店知ってるんだ。特別に教えてあげる」
 それに対して、アークは少しだけミリアムに目を向けることで答えた。
 ミリアムとアークの会話は、会って以来ずっとこの調子だった。
 無口なアークに物怖じせず、あれこれ話しかけるミリアム。それに対し、アークは必要な事以外は相槌だけで済ませている。
 アークは、おしゃべりな人間が嫌いだった。そして、アークの反応のなさを嫌悪する人間も。
 だが、ミリアムに関しては、おしゃべりな方だと思うものの、さしてうるさいと感じなかった。ミリアムがアークの反応に不服そうな様子もない。
 それが気遣いあってのことなのか、単にマイペースなだけなのかは、アークには分からなかったが。
「あ、そうだ。向こう着いたらご飯も食べよ。おいしいところあるんだ。値段も良心的だし……あー、おなか減ってきちゃった」
 暢気に呟くミリアムに、アークは思った。
――ただのマイペースか。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 車の往来も頻繁な、整備された広い道路。アークはバギーをゆっくりと走らせながら、アルムの街並みを眺めていた。
 度重なる領土争いで荒れ果てる街が多い中、アルムの街は戦争の傷跡もなく活気に満ち溢れている。
 武器製造を主要産業とするアルムにとっては、他自治区で紛争が勃発すればそれだけ経済が活性化されることになる。いわゆる戦争景気というものなのだろう。
 しかもアルムはどの自治区とも同盟を組まず、中立区としての立場を取っている。これは他の自治区と同盟を組んだ場合に、武器供給の主要となるアルムが攻撃されることを防ぐためだった。
 自治区の自衛に対する姿勢もかなりしっかりしたもので、このあたりでは珍しくまともに機能している街と言えよう。
「あ、左の青い看板の店」
 ミリアムが指したその方向に、小さな店が建っている。ミリアムが『ぜひおすすめ』 と太鼓判を押す飲食店である。
 アークはバギーを路肩へ寄せ、邪魔にならない場所に停車させた。エンジンを切りキーを抜くと、ミリアムが手を差し出す。
「運転お疲れさま。次はあたしが運転するから」
 アークがその手にキーを乗せると、ミリアムは足取りも軽やかにバギーから飛び降りた。そして食堂のドアの前で振り返るとアークを手招きする。
「早くしないとランチタイム終わっちゃうよ」
 ミリアムのはしゃぎぶりに呆れながらも、アークはミリアムの後を追って店に入った。
 質素ながらもきれいに清掃された店内は、昼時ということもあって混雑していた。
「いらっしゃい……あら、ミリィちゃんじゃない」
 エプロンを着けた小柄な中年女性がミリアムの姿を認め、顔をほころばせた。
「こんにちは。クレアさん」
「こんなに間を開けずに来るのも珍しいね」
「うん。今回は結構近場だったから」
 クレアの言葉に笑みを浮かべながら、ミリアムは空いてる席に腰を下ろした。それに続いてアークも同じテーブルに座る。それに気付いたクレアは、少しだけ意外そうな顔をした。
「あら? ミリィちゃんの連れかい?」
 ミリアムが一人で仕事をこなしていることはクレアも知っていた。最もそれはハンターとしてではない。
 世間には堂々ハンターと名乗り大手を振って歩いてるハンターも少なくないが、腕利きのハンターともなると、むしろ自分の身分を隠すことが多い。ミリアムも例にもれず、発掘のため街を行き来する際には運び屋として身分を隠している。
 クレアを始め、この街の知り合いはほとんどミリアムの職業を運び屋だと思っている。実際運び屋の仕事もきちんとやっているので、あながち間違いではないのだが。
「うん。ま、ボディガードってとこかな」
 その言葉にクレアは目を丸くした。と同時に、店内に複数の声が上がる。
「よっしゃ! よくやったミリィ!」
「だー! やられた!」
 この街で顔見知りになった武器商人や傭兵が、自分たちに注目していることに気付いたミリアムは、一瞬キョトンとする。そして、口々に「勝った」「負けた」 と騒いでいるのを聞き、憮然とした顔をした。
「……おっちゃん達、賭けてたね」
 男たちはミリアムが一人で仕事をしていることを知っていて、相棒もしくは用心棒がいつ出来るかを賭けていたらしい。
「あ、いや……ほら、ミリィみてえなかわいい女の子が、運び屋なんて物騒な仕事してるとあっちゃ、俺達も心配なわけだ。な?」
 知人の一人がしどろもどろになりながらそう言うと、他の者たちも一様に頷いた。
「そうそう。良かったじゃねえか」
「俺がなってやっても良かったのになぁ」
「無理無理。お前じゃ逆に守られることになるぜ」
 その様子を見ていたクレアが、苦笑しながらミリアムに肩を竦めてみせた。ミリアムは小さくため息をついたが、すぐにニッコリと邪気のない笑みを浮かべた。
「おっちゃん達、そんなに心配してくれてたの?」
「おう、そりゃそうさ」
「ミリィはこの街じゃアイドルだもんな」
 ミリアムはニコニコと笑みを絶やさず、
「じゃあ、お祝いってことで今日のランチおごってね」
 と、賭けで勝ったと思われる男に向かって言った。
「は?」
 ミリアムは男の返事を待たず、クレアに注文をする。
「ランチ二つお願いしまーす」
「おいおい。そんな金ねーよ」
「賭けで勝ったんだろ? 何ならツケでもいいよ」
 慌てる男をよそに、クレアはそう言って、おかしそうに笑いながら去っていった。
「ドンさん、ごちそうさま」
 満面の笑みを浮かべたミリアムに、ドンと呼ばれた男は諦め顔で苦笑した。
「まったく、ミリィにゃかなわねえな」
 そんなぼやきを聞きながら、ミリアムがアークに向き直る。アークは状況が飲みこめないのか、それとも単に呆れているのか、無表情のままミリアムたちを眺めていた。
「ごめんねー。騒がしくて」
 ミリアムが目をそらすと同時に、賭けに興じた男たちがあからさまにアークを観察する。その視線が少々気に障ったものの、アークは相手にすることなくミリアムに視線を戻した。
 ミリアムは上目がちにアークをのぞきこみ、少し言いづらそうに口を開く。
「この街にいる間はこんな調子だろうけど、あんまり気にしないでね」
「こんな調子……?」
「うーん。あたしってば、この街じゃ目立つみたいなんだよね。おかげさまで知り合いも多いもんだから……」
 困ったように笑うミリアムに、アークは微かに眉目をしかめた。
「……自分の立場、分かっているのか?」
 カラミティにかけられた懸賞金は、賞金首の中でもかなり高いと言われている。ほとんどカラミティに関する情報がないとは言え、あまり大勢に顔が知られていては動きがとりづらいはずだ。
「分かってるよ。だからアークを雇ったんだもん」
 得意の無邪気な笑顔を浮かべたミリアムに、アークは呆れたようにため息をついた。
 戦闘術やサバイバル術に長けていると思いきや、こういったところではまるで無防備らしい。アークを簡単に信じ、仲間にしてしまうのも分かるような気がした。
――利口なのか馬鹿なのか、分からない奴だ……
「あー、ミリィ! 誰、そのハンサムは!?」
 利口なのか馬鹿なのかはともかくとして、ミリアムがこの街ではかなりの有名人であることを、アークはその後すぐに思い知らされることとなる。


       

  



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