Round and Round - Chapter 2 - 02

Chapter 2-02



 ミリアムの知人たちに散々邪魔されながらも、どうにかランチをとり終えた二人は、表の仕事である運び屋の仕事を済ませると同時に、装備の調整をする為ミリアムのなじみの店へと向かっていた。
 運転を代わったミリアムは慣れた様子でバギーを走らせ、一軒の古びた店の前で停車した。その店先に掲げられた看板には『ジャンク屋』の文字。その下には『何でも買い取ります』 と殴り書きされていた。
「さて、と」
 ミリアムがバギーのキーを抜き後部の荷台に回ると、アークもその後を追ってバギーを降りた。荷台に飛び乗りテキパキと作業をする様子を少し眺めていたアークは、丁度顔を上げたミリアムに声をかけた。
「……手伝う事は?」
 その言葉にミリアムは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべ、アークに折りたたみの台車を渡した。
「じゃあ、これに荷物積んでくれる?」
 荷台にはライフル銃や機関銃、果てはランチャーまである。ただ、それらは使い古されており、中には明らかに壊れているようなものもあった。これらは全て、このジャンク屋で解体され、新たな武器に作り直されるものだった。
 ミリアムから差し出された荷物を受け取り、アークは台車にそれらを積んでいく。
「はい、これで最後ね」
 ミリアムはそう言って腕に抱えた武器をアークに渡し、最後に自分の装備一式が入ったバックパックを背負うと、荷台から軽やかに飛び降りた。
「んじゃ、行こうか」
 台車の持ち手を取ろうとしたミリアムは、アークに軽く制止され再び驚いたような表情を浮かべた。
「どこに運べばいい?」
「あ……えっと、じゃあこっち」
 少し戸惑いながらも笑みを浮かべ、アークを手招きする。アークは台車を押しながらミリアムの後に続いて店のドアをくぐった。
 店内は鉄くずなどが所狭しと積み上げられ雑然としており、人の気配はない。
「ノルじい〜!」
 薄汚れたカウンターに身を乗り出し、ミリアムが店の奥に向かって叫ぶ。すると、奥の方からドスドスと重たげな足音が近づいてきた。
「ミリィか!」
 野太い声を張り上げ現れたのは、顔中に白いひげを生やした恰幅の良い老人。ノルと呼ばれたその老人は、ミリアムの姿を認めると満面の笑みを浮かべ、カウンターに身を乗り出していたミリアムを太い腕で抱きしめた。
「今回も無事じゃったか! いやー、良かった良かった」
「の、ノルじい……苦しい!」
 その腕から逃れようと暴れるミリアムに、ノルは慌てて腕を緩めた。
「すまんすまん」
「んもー。毎回大袈裟」
 ため息をつきつつも、ミリアムのその顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「そりゃ、わしのかわいいミリィが危険な仕事を……と、そこの奴は何用じゃ?」
 入り口付近で二人のやり取りを無表情のまま眺めていたアークに、ノルが軽く眉を上げる。
「ああ。今回から一緒に仕事することになったの。アーク、この人はノルさん。ここがあたしお薦めの武器屋さん。それと、本業の方のお得意様だよ」
 廃材などのジャンクはともかくとして、遺跡で発掘した物を金に換えるには、それなりの流通経路を確立した商人と取引しなければならない。ミリアムの場合は、軍との接触がある正規ルートを避け、闇ルートの商人を限定に取引をしている。ノルもそんな闇商人の一人であり、ミリアムがハンターだと知っている数少ない人間でもある。
「……一緒に仕事、じゃと?」
 ノルは目を大きく見開いてミリアムを見、ミリアムは事も無げに頷いた。
「つまり、パートナーというわけか?」
「そういうことになるね」
 ノルはミリアムの顔を凝視し、それからアークの方へと目を向けた。
 無遠慮に観察するノルの視線を、アークは無表情のまま受け止める。と、ノルはニンマリと口角を吊り上げる。
「ずいぶんとまぁ、男前な奴を捕まえたな。ミリィ」
「だってさ、アーク」
 ミリアムはアークに顔を向け、小さく肩をすくめる。それに対し、アークは特に反応を示さなかった。
「ま、それはともかく、あれお届け物」
 台車に積まれた荷物を親指で指すと、ノルが大仰にため息をつく。
「なんじゃ。今回はお宝なしか」
「そ。見事に空っぽだったよ。それからあたしの装備、調整してほしいんだ」
「おお。そういやしばらくやっとらんかったな」
「うん。結構ガタが来てて……そうそう。アーク」
 不意に名前を呼ばれ、アークがミリアムに目を向ける。
「防毒マスクと暗視スコープと耳栓はノルじいのをお勧めするよ。普通の店じゃ買えない品だから」
 アークは一瞬考え、カウンターに歩み寄った。
「マスクは必要ない。耳栓と暗視スコープだけ見せてくれ」
「防弾ベストも良いもん作っとるぞ」
 得意げなノルをよそに、ミリアムはふとアークとの戦闘を思い出した。
 戦闘時、銃弾がアークの目前で弾かれ四散したことについて尋ねたところ、答えは『剣で弾いた』 という信じがたいものだった。銃弾を剣で弾く事自体難しいというのに、それどころかアークが剣を抜いたことすら、ミリアムには分からなかったのだ。
──防弾ベストも必要なし、かな。
 基本的に戦場などで戦うことを生業としているのだから、それ相応の装備は揃えていてもおかしくないはずである。だが、アークの装備は傭兵どころか砂漠を渡り歩く商人たちよりも軽装備だった。
「必要ない」
 ミリアムの予想通りの言葉に、ノルは肩をすくめ商品を出す為に奥へ引っ込んだ。
「……何だ?」
 アークの横顔をじっと見つめていたミリアムは、そう問われ一瞬戸惑ったものの、すぐに口を開く。
「あのさ、アークって今まで怪我したことないの?」
「戦闘に支障が出るほどの怪我はない」
「ってことは、百パーセント大丈夫って訳じゃないんだよね?」
 その言葉にアークはその双眸を細めた。
「……やり方が気に入らないなら解雇しろと言ったはずだが」
 一見無表情だが、それは明らかに嫌悪の入り混じった眼差しだった。
 ミリアムの護衛兼発掘作業のアシスタントとして契約した際、アークは一つだけ条件を出した。それは、護衛のやり方に文句をつけないということ。
 アークの仕事ぶり――特に戦闘ともなると、そのあまりに無謀な行動に文句をつけたり不安を抱いたりする人間は多い。その為、仕事を請ける際には必ず『やり方に文句をつけない』 という条件を提示しているのだ。
 人とあまりにも違いすぎる自分の能力について、人にあまり話したくはない。いずれ分かることだとしても、一々説明などするのは面倒だった。あれこれ詮索する人間に、アークはあまりいい感情を抱かなかった。
「文句ってわけじゃなくて」
 そんなアークにミリアムは物怖じせず先を続けた。
「単に心配してるだけなんだけど」
「戦闘に支障は出ない」
「そういうことじゃなくてっ……」
 尚も言い募ろうとしたミリアムだったが、店の奥からノルが戻ってくると、渋々ながら口を閉ざした。
「待たせたな。ほれ、ちょっと試してみろ」
 差し出された装備を確認するアークを、ミリアムはしばらく見つめていたが、小さくため息をつくとノルの方へと向き直った。
「ノルじい。あたし別の用事すませてきちゃうから、バギー預かっといてもらえる?」
「おお、かまわんよ。裏庭に置いておいてやろう」
 ミリアムはノルにバギーのキーを預けると、アークの方へと目を向ける。
「ってな訳で、適当にどっかで時間つぶしてて。二時間後にこの店の前で待ち合わせってことで」
「分かった」
 頷いたアークの目に先ほどの嫌悪は感じられない。ミリアムは小さく笑みを浮かべると、軽く手を振って店を出て行った。
 ミリアムの姿がドアの向こうに消えた途端、ノルがカウンターに身を乗り出し、アークに向かって囁く。
「いい子じゃろ?」
 アークはちらりとノルを見やっただけで、すぐに暗視スコープに視線を落とした。
「あの緊張感のなさは問題だと思うが」
 その言葉にノルはつぶらな瞳を見開き、それから柔和な笑みを浮かべてみせた。
「それこそがミリィのいいところじゃよ」
 紛争やテロなど、きな臭い事件ばかりが多発する時代。己が生きていくために、そして身を守るために大抵の人間は他人を容易に信用したりしない。
 そんな世の中にあって、ミリアムの人懐こさと明るさはある意味才能と言ってもよかった。ただ盲目的に人に懐く世間知らずとは違う何かが、ミリアムにはあるのだ。
「それにな、あの子はああ見えてかなりしっかりした子じゃよ……いや、ちゃっかりと言った方がよいかのぉ。わしゃ、あの子のお願い攻撃で、何度原価割れの取引をしたことか……」
 ノルはそう言って、一人楽しそうに笑った。


       

  



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