Round and Round - Chapter 2 - 03

Chapter 2-03



 ノルの店を出た後、ミリアムは近くの露天で菓子を買うと、賑わいを見せる大通りから外れ入り組んだ細い路地を慣れた様子で歩いていた。
 すでに陽は傾きかけ、土壁の建物がせめぎ合う路地裏は薄暗くなりつつあった。
 足を速め更に路地裏の奥へと進んで行ったミリアムは、目的の建物にたどり着くと一瞬だけ辺りの様子をうかがい、古めかしいドアをノックした。
「だあれ?」
 中から幼い少女のものと思われる声が返ってくる。
「運び屋のミリアムです。お荷物届けに来ました」
 ミリアムの言葉が終わらないうちにノブが回り、ドアが内側に開く。
「ミリィおねえちゃん!」
 勢いよく飛び出してきたのは、赤毛を二つに束ねた快活そうな少女。ミリアムは小さな少女の体を受け止め微笑んだ。
「こんにちは、エミー。元気そうね」
「うん!」
「おばあさんは元気?」
「今日は足がいたいってさ。あたし、足もんであげたんだよ」
「お、偉い」
 ミリアムに褒められ、満足げな笑みを浮かべるエミーに、ミリアムは先ほど買った菓子の紙袋を差し出した。
「じゃ、今日は特別……」
「なぁに?」
「ご褒美にお菓子あげちゃおうかな」
「やったぁ! ありがとう!」
 エミーは目を輝かせると、これ以上ないというくらいの笑みを浮かべた。
「ミリィかい? 入っておいで」
 奥の方からゆっくりとした口調でミリアムを呼ぶ声がする。ミリアムはドアを閉め、エミーに手を引かれながら部屋の奥へ入って行った。
「こんにちは、おばあさん」
 ミリアムが部屋の奥に座る老女に軽く頭を下げる。老女はしわの刻まれた顔に笑みを浮かべ、ミリアムを迎えた。
「おばあちゃん。ミリィおねえちゃんにお菓子もらった!」
 どこか得意げに袋を差し出すエミーに、老女は大仰に驚いて見せた。
「おや、良かったねぇ。ちゃんとお礼は言ったかい?」
「うん!」
「そうかい。それじゃ、お菓子はしまっておいで。ご飯の前に食べたらいけないよ」
「はあい」
 エミーは少し不服そうに唇を尖らせながらも、老女の言葉に従うように菓子の袋を抱えて奥の部屋へと走って行った。
 老女はそれを見送ると、改めてミリアムに視線を戻す。
「ありがとう、ミリィ」
「いいえ。屋台があったから、たまにはと思って」
「そうかい。まぁ、お座りなさいな」
 近くの椅子を引き寄せて座るミリアムに、老女は柔和な笑みを浮かべる。
「ここに来るのがこんなに早いということは、どうやら今回の発掘は失敗だったようだね」
「うーん……一応遺跡はあったけど、見事に外れだった。あんまり時間もなかったし」
「それでも、収穫はあっただろう?」
 ミリアムは一瞬きょとんとし、すぐに納得したように苦笑した。
「前から欲しがっていたじゃないか。相棒を」
「さすが、耳が早いなぁ」
 その言葉に、老女は相変わらず笑みを浮かべたままだった。
「モグリとは言え、これでも現役の情報屋ですからねぇ」
 情報屋──特に遺跡に関する情報を提供してくれる情報屋は、ハンターにとって大事な存在である。ミリアムが『おばあさん』 と呼ぶこの老女は、ミリアムが幼い頃からの知人であり、かつてミリアムの祖父も世話になっていた人物だった。
「それにしても、ずいぶんいい拾い物をしたね」
 確かに、とミリアムは頷いた。アークの実力を見る限り、護衛としては申し分ないだろう。法外な報酬を請求されることもなく、護衛以外の手伝いも嫌がることなくやってくれる。
――でも、何か引っかかるのよね。
「ねえ、おばあさん。アークの……あたしが雇った傭兵の情報、何か知ってる?」
「おやまぁ。何も知らずに雇ったのかい?」
「名前と……後は傭兵だってことくらいかなぁ」
 老女は目を丸くすると、声を上げて笑い出した。そして笑いを納めると、ふと真顔になる。
「アークという名の傭兵なら知っているよ。あちこちの紛争地帯で活躍している、かなり型破りな傭兵だって話さ」
「型破りって?」
「基本を無視した無謀な戦術に、桁外れの戦闘力。他の傭兵や兵士からは『死神』 と呼ばれていてね、一時はいろんな自治区が自軍に引き入れようとしていたみたいだけれど、ずっと一匹狼のままらしいね」
 一度アークとの戦闘を経験したミリアムは、『死神』 という呼び名を聞いて妙に納得してしまった。
「あたしが『疫病神』 で、アークが『死神』 か……」
「いいコンビじゃないか」
「確かに」
 笑いながらも、ミリアムの心中は複雑だった。
 死神。確かに、アークの実力ならそう呼ばれるほどの戦歴があってもおかしくない。
──だからなのか。
 アークは、異常と言っていいくらい物事全てに執着がないように思われた。物、金銭、そして恐らくは自分を含めた人間の命にも。
 それも、傭兵として数多の命を奪い続けた結果なのか。
 もちろん、そういった境遇の人間は今の世の中には大勢いる。普段無駄な殺生はしないと心がけているミリアムも、自分の命を守るためやむを得ず人の命を奪ったことが幾度となくあった。
 ミリアムはそこまで考えて、わずかに眉目をしかめた。
「仕事に関しては律儀にこなすいい傭兵だって噂さ」
「そっか」
「ま、あと他に知りたいことがあるのなら、本人にお聞きなさいな。それより、他に聞きたい事があるだろう?」
 その言葉に、ミリアムは気を取り直し頷いた。そして、ポケットからコインを数枚出し、差し出された老女の手にコインを乗せる。老女はそれを確認すると、おもむろに口を開いた。
「今度のはかなり近くだね。この街から北東の方角へ一五〇キロ行った地点」
 ミリアムはこの辺りの地理を思い浮かべる。北東へ一五〇キロというと、不毛な砂漠地帯が広がっている場所だ。そしてその辺りには、ミリアムのよく知っている物がある。
「おばあさんが言ってる場所って……」
「そう。ギトゥがある場所。正確に言うなら、ギトゥそのものさ」
 大陸のほぼ半分を締める広大な砂漠では、数多くの遺跡が発掘されている。その中でも『ギトゥ』 と呼ばれる巨大な地下遺跡は、現時点で発掘史上初にして最大の遺跡と言われている。
 もっとも、そこにも当時の歴史を記すものは何もなく、大量に発掘された武器が当時の軍事力を物語るだけだった。
「もう発掘し尽されてるんじゃないの?」
「そう言われて、ハンターたちから見向きもされなくなった遺跡だけどね。あの遺跡の下には、まだ誰も手を付けていない場所があるんだって話さ」
 その言葉に、ミリアムは黙り込んだ。
 ギトゥの更に地下深く。そこに未発掘の遺跡があるというのは、ずっと昔からある話だった。だが、それを見つけたものは誰もおらず、いつの間にかその話は単なるデマとして人々から忘れ去られていたのだ。
 そんなミリアムの胸中を察するかのように、老女は何度も頷いてみせる。
「にわかには信じがたい話だろうね。言い古された噂だから」
「まあね。おばあさんからじゃなかったら、あたしは信じないなぁ」
 この老女がどういう情報網を持っているのか、ミリアムは知らない。聞いたところで教えてはもらえないだろう。だが、これまで提供された情報の正確さを考えると、単なる噂話だと言って無視できるものではない。
――元々武器なんかがいっぱい発掘されたところだし、何かあるかもしれないけど……
 あれこれと考えをめぐらせるミリアムに、老女はゆっくりと口を開く。
「時には原点に還ってみるのもいいんじゃないのかい?」
 その言葉に、ミリアムは軽く目を見張る。
──原点、か……
 ミリアムが祖父に連れられ、初めて行った遺跡がギトゥだった。その時はすでに軍や他のハンターに荒らし尽くされ、地下建造物だけが残っているような状態だったが、その時の懐かしさにも似た妙な高揚感をミリアムはよく覚えていた。その後しばらくは祖父のそばを離れず、遺跡の話を何度も聞かせてもらっていたのだ。
 そんな幼い頃のことを思い出し、ミリアムは小さく笑った。
 ここのところ生活費を稼ぐことばかり考えていて、儲けを優先していたのは確かだった。あくまでも仕事なのだから、それが当然なのだろう。だが、たまには稼ぎよりも発掘の楽しさを味わうのもいいのではないだろうか。
――アークも遺跡に関しては素人だし、ちょうどいいかな。お宝も、もしかしたら見つかるかもしれないし。
「……おばあさんって、何だか予言者みたい」
 今度は老女が目を見張る番だった。
「そうかい?」
「うん。未来のことが分かってて、それに対していいアドバイスくれる感じ」
 抽象的なアドバイスであるにも関わらず、結果的にはいつも良い方向へと導かれている。ミリアムはそんな気がしたのだ。
「ミリィは、占いや予言を信じるかい?」
「うーん……実はあんまり信じてない。おばあさんが占い師や予言者だっていうなら『信じる』 って答えるけど」
 そんなミリアムの言葉に対し、老女は肩を揺すって笑い出した。
「私のは単なる年の功ってやつさ。予言や占いなんざ、くそ食らえだよ」
 老女にしては珍しい暴言に、ミリアムは目を丸くし、それから声を立てて笑った。
「んじゃ、おばあさんの『年の功』 ってやつを信じて、行ってみることにするよ」
 ひとしきり笑った後、ちらりと時計を見て椅子から立ち上がった。
「そうかい。今度こそ発掘できるといいね」
「うん。期待してて」
 親指を立て、ミリアムは自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。

       

  



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